誰でもいつかは
今日は5ヶ月ぶりにアロマハンドマッサージのボランティアに参加した。
ボランティアの人数は、いつもより多めの6人
今回は、施設の中でも
「比較的お元気で会話もできるような方々」と
「認知症、麻痺や歩行困難、会話も意思疎通もむずかしい方々」と
ふたつのグループに分かれることになった。
わたしは後者のグループを担当した。
同じフロアに10名ぐらいのお年寄りの方がくつろいでいる・・・が、
それぞれが、それぞれの時間、それぞれの世界で生きているようだった。
意識もはっきりしていて、問いかけには答えられる方もいれば
表情も変わらず、ひとりでは動作もままならない方もいたり
延々声をあげられている方、ずっと目を閉じて頷いている方
それでも、何も響いていないわけではないようで
無表情、無反応の男性に語りかけながらマッサージを続けていると
後半はずーっとわたしの目を見たまま涙や涎を垂らされたり
「手を表に返しますねー」と語りかけながら、手の甲をさすろうとすると
いち早く自分から手をひっくり返して甲を見せてくださったりして
言葉として表現できなくても、表情を作れなくても
感情は動いていて、こちらの問いかけも理解しているんだな、ということがわかる。
脳の指令がうまくいかないのかな。
こちらが思う以上に、もどかしい思いをされているのだろうな。
だんだんとボランティアも回を重ねるごとに
気づくことや考えさせられることも変わってくる。
今までは手順や施設の設備や、相手に迷惑かけないように・・・とか
よそからお邪魔した人間としての、一定の緊張感が優先していたけど
なんだか今日は、施設で働いていらっしゃるスタッフの方々や
介護のあり方、きれいごとだけではない、人と向き合うということを
たとえ仕事とは言え、それを選んで働いている人々について思ったり
実際に重症なお年寄りの方々を目の当たりにして
自分の両親がこうなったら・・・
自分自身がこうなったら・・・
様々な思いが巡った。
誰でもいつかは、年を取る。
気づけば両親も、すっかりいい年になっている。
自分の親は大丈夫、と信じたいところだけど、こればっかりは・・・
わたしの親も長年苦労を重ねて、確実に体力も衰えてきて
色んな意味で自信を失ってきているのがわかる。
今日、施術したお年寄りの方が、親と重なった。
自分の親が、こうして何も話せず、動けず
反応がなくなってしまったらどうしよう。
と、その方の手をさすりながら、失礼を承知で思ってしまった。
家族だから、何も言わなくても伝わるだろう・・・なんて、ありえない。
言葉がすべてを伝えるとは思わないけど
言葉じゃない伝え方だって、もちろんあるけれど
言葉にしなくちゃ伝わらないこともあるから
伝えたい思いは、タイミングを逃さず伝えたい。
後悔しないように。
*
「この中にいるとね・・・夏でも冬でもわかんないのよ。
いつだって同じように温度調節してるから。
本当は夏なら暑くても外で汗をかいたり
冬の寒さを肌で感じたいのよ。
でも、ちょっとでいいから外に出して欲しいって言っても
絶対出してくれないの・・・何かあったら困るからじゃない?
寝てばかりだから、足だってこんなに浮腫んじゃって歩けなくなるし
人間はそうやってダメになっていくのよね・・・
・・・そう、今日は暑いの・・・夏なのね・・・ 」
今日お会いした女性がお話してくれた。
それぞれの立場もあるから仕方がないにしても
せめて風を感じさせてあげたいな。


















Recent Comments