気になる記事

なんだかなぁ・・・

またまたホリエモン。

新株予約権、差し止め ライブドアの申請認め仮処分決定

「ライブドアと提携も検討」 フジ日枝会長

今回の仮処分決定は、生意気ながら妥当なのかな、と思う。

でも、なんなんだろか・・・何も自分がこの会社の社員でもなければ、自分が責任を担うわけじゃないんだし、と距離を置いて見ていても、なんとなくヘンな気分・・・

わたしはライブドア派とか、フジテレビ派とか、どちら派というわけでもない。
時代は変わるんだし、その時代に合ったいいものがあるなら取り入れたり、これまでの事を見直したり、新旧交代してもいいだろうし、うまく融合させていくのはいいことだ、と思う。

そういう意味で、新たな風を吹き込んだ堀江社長は「現代のトリックスター」のようだ、と先日の記事にも書いた。

ただ、理屈ではなくて、なんか心の底からホリエモンを応援できない自分がいる・・・

頭が良くて、時代を読んで、行動的で、話題性もある。メディアをうまく使って自分をアピールしてて、法に触れずに大胆なことを企てて、ほんとに賢い人だなー、と感心してしまう。

でも、なんだろ。なんか、すごいことやっている人のはずなのに、目が輝いていない気がしてしまう。

確かに法には触れていない。でも、それまでの長い年月をかけて培ってきた人々に対する思いやりとか、愛情というものが、言葉の端々、態度の端々に感じられない。せっかくいいアイディアだなと思って、応援したいなぁ、と思っていても、彼の言動を見て、そのつどテンションが落ちてしまう自分がいる・・・

先日も一晩のうちに各テレビ局にひっぱりだこだった。それを見ていて思った。

彼は、人の話を最後まで聞かない。

相手の人が話し終わる前に、必ずといっていいほどカットインして「だからそれはー、・・・」と自分の意見を話し続ける。意識して見始めると、見事なほどに話をさえぎって意見する。
自分の意見と食い違うことを言われると、「最後まで言わせないぞ」って感じが伝わってきて、なんか不快になってしまった。

いい計画も、まわりの協力者があってこそ。

このやり方がアメリカ式だろうが何だろうが、人の意見に耳を傾けるのは万国共通じゃないだろうか。
人としての、大きいビジネスをしたいなら尚更の礼儀のような気もするが。
信頼関係さえ結べれば、お互いにとってもユーザーにとってもいい話になりそうなのに、根本的なところでつまづいている気がする。
彼は世の中を良くしたいのか、悪くしたいのか。ただ「便利に」ではない。「利益を上げる」だけでもない。良くしたいのだろうか・・・


たぶん、わたしがイマイチ賛同できないところは、ここにあるんだと思う。
人の意見は十人十色だから、どんな意見があってもいいと思う。ただ、わたしは本能的になにかが拒否している。

なんか「若者VS年配者」みたいに焦点を当てたり、勝ち負けを謳っている意見もあったけど、別に若者だから行動的なライブドア、年配だから保守的にフジテレビってことでもないと思う。

団塊の世代のオジサマ達の意見はけっこう核心をついているのかも。
大胆なことをやってくれる堀江さんに期待したい、でも本人はあまり好きじゃないって意見。

トリックスターとしての役割は充分すぎるほどの影響力をもってて、すごい存在感!って思うけど、トリックスターが経営者になったとしたら・・・

ややこしいことになりそうだなぁ・・・

ひとつの意見でした。

| | Comments (6) | TrackBack (5)

なんのための小論文?

今日は初めて1日に2つもブログってしまいました。

だって、「なんかこれおかしいんじゃないの?」って思って悶々としてしまったんだもん・・・

「小論文 2秒で自動採点」(朝日新聞 2月15日)

大学入試で出題される小論文をコンピューターで自動採点する研究が進んでいるらしい。
採点に時間がかかり、採点者によってばらつきがあるためらしい。

実際アメリカのビジネススクールの小論文試験で使われている自動採点システムを参考に取り組んでいるらしい。

「パソコン入力された800~1600字程度の小論文を、①文章の形式 ②論理構成 ③問題文に対応している内容か・・・の三つの観点から評価し、①を5点、②を2点、③を3点の計10点満点で判定する。
「漢字の使用が少ない」「語彙の多様性が不足」「議論の接続が不十分」「問題文との関係が希薄」などの短いコメントと点数で1、2秒後に判定を打ち返す・・・・」

・・・なんじゃそりゃ

小論文って、ある程度の決まった形式はあると思うけど、結局は「その人物」がなにを考えてるか、とか、どういう思想を持ってどういう理解をしているか、とかを見るものなんじゃないの?
その論文を書くために、ずっとあたためてた思いや祈りのようなものを込めて書き上げる人だっているだろう。
それをただ「機械」にかけて、たったの2秒で良いか悪いかの「判定」をしてもいいのだろうか。
だいたい、人が書いた文を、直接目を通して読みもせず、機械にかけて受験生の未来を決めるなんて、随分とおこがましいんじゃないの?
それに英語と日本語じゃ、表現のニュアンスも違うし、漢字が少ない=文章力がない、なんてこともないと思うしさ。

最近いろんな痛ましいニュースがあるたびに、「心のケアが・・・」とか、「これからはもっと心の教育を・・・」なんて言ってるけど、やってることは正反対じゃん。
これじゃ、受験生だって、いかに漢字を多く、文法的で、 「受かるための小論文」 しか書こうとしなくなっちゃうよ。
だったらいっそ小論文なんてやめればいいと思うんだけど。

小論文を書くことは、自分にとっても、学校側にとってもいいことだと思うのに。
採点に関係なく提出させるわけにはいかないものなのかねぇ・・・

このシステムは、別のことには役立つとも思うけど、小論文にはどうだろうか?

そんな無機質で合理的な日本になったら、これからもっと深刻なニュースが増えていきそう・・・

・・・ちょっと感情的すぎかしら?


| | Comments (2) | TrackBack (2)