今の職場に行き始めてから、初めてお休みをいただいた。
ちょうど疲れも溜まっていたし、周りの人からも
「ずっとがんばってるから、ゆっくり休みなよ」と言われていた。
この際、休んで仕事が溜まったら・・・なんてことは考えない。
なんとかなるさ。
かといって、貧乏性なわたし。
平日のよく晴れた青空を見ていたら、
のんびり家にいるのがもったいなくなってしまったので
急いでシャワーを浴び、服を着替えて
上野公園まで行ってきた。
お目当ての美術館、博物館に辿り着く前に、
上野東照宮をふらついてみたり、パンダ焼きを試食したり、動物園から出てくる幼稚園の団体さんをぼんやり見ながらほのぼのとしたりしてみる。
奏楽堂の前を通ったら、「本日は入館無料です」 との看板が。
えっ、タダ?なんで???
そう、知らなかったんだけど、5月18日って「国際博物館の日」なんだって!
それでこの日は、博物館や美術館の入館料がタダ、というところがいくつもあったのだ。
(主に常設展のみ。でもすごいよね!)
他にも先着順にプレゼントがあったり、特別映画上映があったり
いろいろと企画があったのよねん。
たまたま来たのにラッキーだ♪
現在の東京藝術大学音楽部の前身にあたる、奏楽堂。
日本最古の洋式音楽ホールとして、重要文化財に指定されている。
天井や手すりひとつにしても、扉に塗られたペンキの色にしても
現代の建築物にはないような味わいが感じられて、かえって新鮮。
かつて、日本を代表する音楽家たちが、この舞台を踏んだんだな、
と思うと、厳かな気持ちになる。
建物の中の空間に、当時の人々の夢や熱気が残っていそうで
なんとなく空間を味わいながら、ぐるりと巡る。
それから、是非行きたかった「東京藝術大学大学美術館」へ。
「パリへ - 洋画家たち百年の夢」
東京藝術大学創立120周年記念の展覧会。
新しい表現と夢を求めてパリへ渡った作家たちの作品展。
東京藝大の設立や、後進の育成に力を注いだ画家や、
東京藝大を卒業したのち、現在もパリで活躍している人々の作品など。
黒田清輝、佐伯祐三、浅井忠、藤島武二、梅原龍三郎、安井曾太郎、林武、藤田嗣治などなど・・・
魅力的な作品の数々には、異国の色を感じさせるものが多くあった。
画家がどんな思いでパリに渡り、パリに惹かれ、挑戦や葛藤を繰り返し、ひとりの人間として描き生きてきたのか、ということに思いを馳せて味わってみる。
過去を生きた様々な人によって風穴は開けられるんだよなぁ。
ひとりひとりの生って、後世にどれだけの波紋を残すんだろうか。
本人はそんなつもりなかったかもしれないけど、やっぱりすごいや。
ゆっくり味わいながら観ていたので、なかなか出口まで辿り着かず、
いざ出口が近づくと、見納めるのがもったいなくて、また逆走して気に入った絵の前まで戻ったりしてみた。
ただ、後半の現代アートの展示がイマイチわかりづらかったかな。
配置をちょっと工夫すれば、ひとつひとつの作品がもっと生きた気がするんだけど(生意気!)
とにもかくにも、いいものに触れるのは、やっぱりいい。
あ~、今日来れてよかった。見逃さないでよかった!
と、満足しながら、次なるターゲットは「国立東京博物館」
以前から「とりあえず行っとかなくちゃ!」と思ったのは、
おなじみレオナルド・ダ・ヴィンチの絵画「受胎告知」を観たいから。
以前、同じ会場で開催された「北斎展」が笑っちゃうほどの大混雑だったから
相当な混雑を覚悟していったのに、拍子抜けするほどスムーズに入場できた。
でも、例の「受胎告知」会場内では物々しい警備体制。
手荷物検査を終えて、薄暗い会場に入ると、すでに絵の前に行列が。
そして、わたしは自分でも意外だったんだけど
予想していたよりも、あまり感動しなかった。
確かに隅々まで細かく描かれている様は「すごい」と思ったし
なんとも言えない存在感は感じたんだけど、こころは波立たなかった。
この絵を観る前に、既に感動の作品群と対面していたせいか
どこかで比較してしまったのか・・・
いや、求めていたものであれば、それなりに感動するんだろうけど。
その時のわたしはそれよりも
警備員がいっぱいいる感じとか
たくさんの人がそれぞれに会話をしながら行列の中にいる感じとか
なかなか進まない列や立ち止まる人やらの入り組んだ感じとか
なんかそういうセッティングされた感、野次馬的な自分、みたいなものを
客観的に観てしまったようで、すでにおなかいっぱいになってしまった。
前評判とか、ネームバリューとかで
自分で勝手に盛り上がりすぎたのかも。
作品に向き合うというよりも、周りに焦点を当てていたみたい。
もしかしたら、まったく同じ絵を、旅先のとあるスペースで
何気なく観た時のほうが、思いがけない感動を呼ぶのかもしれない。
もしくは違う時に出会うと、違う感慨が湧くのかもしれない。
・・・今、書いていて思ったけど、
感動しなくちゃいけないわけじゃないから、別にいいのか(^^;
ただ、この受胎告知はわたしの好きな大天使ガブリエルが描かれているし
先日ヒーリングを受けたときに、ヒーラーが
「今、マリア様がサポートについているよ。」
と言っていたのを思い出した。
そして、皆に崇められているマリア様が、子供を産み育てたということが
今回のわたしのヒーリングにとってのメッセージになっていると。
そう思うと、少し違った気持ちで鑑賞することができた。
絵画に込められたレオナルドの技や秘密を解き明かすのは
魅力でもあるんだろうけど、今のわたしにとっては、
そういうトリックや理論はいいや、という感じだったんだと思う。
それよりハートにズキュンとくる何かを求めていたのかもしれない。
ただ、天使の羽が夢のような羽衣のようなものではなくて
リアルな鳥の羽のようだったりするのが強く印象に残った。
第二会場は、ダ・ヴィンチが残した作品展、というよりも
ダ・ヴィンチの天文学、物理学、解剖学、建築学などの
多彩な才能と研究の数々を紹介するという、体験型構成になっていた。
そっか、だから美術館じゃなくて、博物館なのか?
なんだか観光地にある「トリックアート美術館」を思い出した。
(比較するなって?・・・ごめんねダ・ヴィンチさん)
求めていた展覧会とは違ったけど、「へーなるほど」と思う発見もいろいろ。
やっぱりすごい人だよ。
頭の中はどうなっているんだろか。
人間も含めた、自然界の法則を物理学的に紐解いたり、関心することがいろいろあった。
この人は生きている間に、何を見ても疑問が湧いたり、それについて研究して発見して・・・を繰り返していたんだろうな。
宇宙の中に人間を見たり、人間の中に宇宙を見つけたり。
年表を見ると、生きていく上でなかなか順調に進まない時期もあったりしたようで
それゆえこれだけの研究や発見を生み出せたんじゃないかしら?なんて思ったりもした。
そして、彼なりの研究と確信に基づいた言葉
「魂は頭蓋骨の一点に宿る」
という言葉が気になって、思わず書き記した。
もうひとつ、彼の印象的な言葉があった。
彼は絵画について、こう語っている。
* * * * * * *
「絵画とは、あらゆる学術の中で最上位に位置する。
遠近法という数学的原理に則り、経験という実証を踏まえ、
普遍的な知識の上に成り立っている。
目で見たものを、手を使って描く。
目を介して自然の物事が精神に繋ぎとめられ、
手を用いて精神が描かれる、という
ふたつのプロセスを経て絵画は完成する。
絵画とは、精神の記述。
それゆえ、絵画は自然界のあらゆるかたちを
完全に模倣できるだけでなく、
自然界には存在し得ない形態をも生み出すことが可能なのだ。」
* * * * * * *
この言葉、感動した。
彼にとっての絵画論だけど、
ここまで完全に言葉で表現できるとは。
言い回しは難しいけど、言っていることってすごい。
目に映るものは、その人の精神を映す。
人は、目に映るものを見たいように見ている。
目を介して、内的世界を手で紡ぎ出す。
確かに神の仕事みたいだな。
それにしても、表現がこの人を物語っているなぁ、と思った。
「数学的原理」とか、「経験という実証」とか。
何より「なるほどなぁ!」と思ったのは、
ダ・ヴィンチは、絵画を「芸術」ではなくて、「学術」と表現しているところ。
わたしは絵は芸術であって、学術だと思ったことはなかった。
どちらが正しいということではなくて、これは彼なりの理論。
目からウロコだった。
感情だけでなく、でも感情でさえも物理的数学的に研究して発表している。
自分の中にはない世界観だけど、だからこそ興味も湧くってもんだ。
この人、未来からやってきた人なんじゃないか?
そんな思いを抱きながら、博物館を後にした。
その後も、入館無料だったので、国立科学博物館にも立ち寄って
気づけば終日上野公園内で過ごしていた。
お休みとってよかったわん♪
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