映画・テレビ

南極料理人

1.その日は水曜、レディースデーだった
2.ちょいちょい「ほぼ日」で紹介されていた
3.シリアスよりもリラックス気分


そんなことから白羽の矢が立った映画
「南極料理人」を観てきた。


単純に面白かった。

構えることなく観られるゆるい空気も
その日のわたしの気分に合っていたし。

「かもめ食堂」や「めがね」のフードスタイリストも手がけた
飯島奈美さんのスタイリングする料理がおいしそうで
腹ペコで観にいくと、きっとお腹がグルルと鳴ってしまいそう。


地球のさいはての地で
決まったメンバーの顔を見ながら
単調な毎日を繰り返していれば
やっぱり日々の楽しみは「食べること」になってくるんだろうな。

過酷な状況で暮らす人々のために
五感を満たす料理の数々を紡ぎ出す料理人の手って
なんだか魔法の手みたいだな。


約1年半もの間、共に生活してきた男8人のバランスが
最初の頃に比べて上下がなくなってきている、あの同士的な感じも
なんとも言えず、いい感じ。

きっと、実際は不協和音もあったのだろうけど
寝食を共にするのって、たとえ短い間であっても距離が縮むしね。

笑えるシーンもいろいろあったし、ホロっとくるセリフもあった。

人の生きる場面に「食」は欠かせないし
「食」が絡むからこそ、誰にも共通するような感動が生まれる。


それにしても、この南極観測隊という仕事。

究極の単身赴任。

実際、この仕事をした人たちがいたんだなーと思うと・・・

つくづく、世の中いろんな環境で
いろんな仕事をしている人がいるもんだ。


みんなみんな、おつかれさまです(_ _)

*

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ナポリタ~ン

昨日みた「男子ごはん」でナポリタンを作っていて
なんだかやけに食べたくなったもんで


急きょ決定

今日のお昼はナポリタンだす

ナポリタン
純喫茶のサンプル風


簡単なのに、なんだか美味しい
昔ながらの、懐かしの味に仕上がった

満足、満足♪


「ランチ」じゃなくて「お昼ごはん」

「パスタ」じゃなくて「スパゲッティ」


ケンタロウが

「アルデンテ禁止!マッシュルームは缶詰のものじゃなきゃダメ!」

って言ってるのも妙に納得しちゃう


ナポリタンにはこだわりある人多いのかしらん


それにしても、国分太一という人は
ほんとに美味しそうにごはんを食べる人だなぁ

こういう人だったら
どんどん美味しいものを食べさせたくなっちゃうなぁ ( ̄▽ ̄)

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ひさびさに、「ハゲタカ」

大好きだったNHKの土曜ドラマ「ハゲタカ」の再放送を見た。

3日連続で、初日は見逃しちゃったんだけど
やっぱり今見ても、つくづくよかった。

当時も周りの友人とか
実際に企業買収に関わってる人なんかも
原作を読んだりドラマを見た、と話していたんだけど
わたしもこのドラマを楽しみに見ていたひとり。

息を呑む駆け引き、男の悲哀、欲望、絶望、希望・・・
近ごろの安っぽいドラマにはない(強気)見応えがあって
6話にまとめるには内容が濃すぎる気もするけど、傑作だと思う。

最終回でガッカリさせられるドラマも多い中で
このドラマは最後にジワジワと感動が押しよせてきて
企業買収というテーマ以上に、深くて普遍的な・・・

人間としてどうあるべきか・・・
ひいては人類愛についても深く考えさせられる。


ラストシーンの鷲津の表情がよかった。

それまでの道のり、犯した罪や過ちのすべてに
神様からの「赦し」がいただけたような安堵に包まれた。


みんな一生懸命生きているだけなんだよね。


もともと好きな俳優、大森南朋さんの
豪快冷酷でありながら、実は情に厚く過去に縛られ
どうしようもなく人間味溢れる鷲津っぷりはもちろんのこと

やっぱり溜息が出たのは
技術者・加藤を演じた田中泯さんの圧倒的な存在感。


泯さんの芝居、素敵すぎます。
オイラ朝からシビレました・・・(*^ー^*)

*

「ハゲタカ」って映画になるんだよね。

自分の中では、ドラマでいい感じに完結しちゃってるので
映画の方は実際観るかはわからないけど・・・

世界的金融危機が叫ばれている今だからこそ
またこの作品にスポットが当たったのだろうか・・・


Kamakura0807_042_small_2

Kamakura0807_020_small_3

これはハゲタカならぬ、トンビでござる


鎌倉、湘南方面にお出掛けの際は
くれぐれもトンビの襲撃にご注意ください
(被害者より;)
 

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スラムドッグ$ミリオネア

各映画賞を獲得している話題の映画
「スラムドッグ$ミリオネア」を観にいってきた。

前評判がいいのは知っていたけど
下調べも何もせず、なんとなく観にいったら
すっかりその世界に引き込まれてしまった。

これから観る方もたくさんいるだろうし
内容については、たくさんの方が書かれていると思うので
あえて深くは触れませんが・・・

色んな側面から考えさせられること
感じることがたくさんあって
笑って泣けて、苦しいけど救いも希望もあって

テンポもあっておもしろかったし
本当にいいものを観せてもらった。

*

「運じゃなく、運命だった」

「駆け抜けたその道に、夢とヒントが落ちていた・・・」

(チラシより抜粋)

*

この映画を観ていると
これまで歩んできた人生が
時には必死に駆け抜けてきた人生のすべてが
未来の希望に繋がることを信じさせてくれる。

この映画を観ていると
思い出したくもないような辛い経験でさえ
それこそが、未来の扉を開くための鍵になることさえあると
教えてくれる。


どちらにしても
宗教、貧困、愛、お金・・・
人っていろいろなものに振り回されたり
いろいろなもののために命をかけることもあるだろうけど

わたしが無条件に突き動かされることって、なんだろう・・・

*

余談ですが。

ラストシーンで涙したところで
インド映画じゃお約束のダンスシーンが!!
(製作は英国みたいだけど)

やっぱこれでしょ♪
これがなくちゃね♪

ムトゥ大好きだったなー。
ラジニカーントってどうしてるんだろう・・・?
 

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おくりびと(2回目)

 
昨年見たけど、もう一度見ちゃいました 「おくりびと」

今回はストーリーを知っているので
やはり初回ほど激しくこみ上げたり
我が事に重ねて感情的に泣くことはなかったけど
(初回は嗚咽する箇所があったので;)

だからこそ、初回には見落としていた部分とか
登場人物それぞれの立場にとっての、「死」に対する思いとかを
味わうことができた。

チェロの音色や美しい庄内の風景も
作品に流れる荘厳さ、清清しさを引き立てていた。


今回は嗚咽ではなく、静かに涙が流れつづけていた。
自分の中の何かが流れてクリアになっていくような感じがした。

死を意識することで、改めて生に目覚める。
見終わったあとに、胸の奥があたたかくなり
清清しくなるのは前回と同じ。


この映画は自分の置かれた状況、経験、観る年代によっても
受け取り方が違うと思うし、だからこそいいんだと思う。


アカデミー賞の外国語映画賞を受賞した際
滝田監督はこんな風に言っていた。


「現場でいいアイディアが出ると
    その場で取り入れながら、みんなでつくりました。」


あぁ、だからなのか、と思った。


たくさんの人々の意見を取り入れることで
普遍的なテーマである「死」というものが、さらに
誰にとっても身近で、あたたかくて、こころに響く作品になったんだな、と。

頑固でワンマンな監督だったら
もっと偏った死生観が打ち出されたのではないかな。

今回の場合は
「みんなの意見を取り入れる」 という、監督の柔軟性が
結果的に国境を越えて波紋を広げていったような気がする。


個人的には、山崎努さんと余貴美子さんの演技に唸ってしまった。
山崎さんに至っては、もはや演技とは思えない存在感。


命を繋ぐためには、命を食らわなければならない。

そんなことも、改めて思った。
 


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少年メリケンサック!!

あまりクドカンワールドを知らないのですが

映画「少年メリケンサック」 観てきました。


いやー
前日まで熱出して寝込んでた者には
少々刺激が強かったですが

ところどころ無理があるような設定も否めませんが

それでもいいんです。
笑っちまいましたから。
時にはクスリと、時にはガハハと
笑って病み上がりなのも忘れちゃいましたから。


まずは、このオファーを受けた佐藤浩市さんに拍手を送りたい。
惚れ直しちゃいました。

かっとんだ演技の宮崎あおいちゃんも、あっぱれ!
「篤姫」と並行して撮影していたと知って、さらにびっくり。
恋人役の勝地涼くんとは、たしか「篤姫」でも競演していたはず。
それを思うと、現場での切替が大変だったのでは?


個人的には、セリフ少なめでも存在感がデカかった
田辺誠一さんが、ちょっとツボでした。

♪アンドロメ~ダ、アンドロメ~ダ・・・


他にも耳に残る歌が多くて、未だに脳内リフレイン状態。

しばらく洗脳されそうです・・・ ( ̄▽ ̄;
 

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快挙(T▽T )


「おくりびと」

アカデミー外国語映画賞
オスカーとっちゃいましたね


すごい
うれしい
おめでとう


温かい、いい映画で、個人的にも好きな作品

長年温めつづけた企画が
たくさんの人々の努力と情熱と思いで形になって
形が人々のこころに波紋を広げて
それぞれの人生にそれぞれの色や形を刻んで


あー、それにしても
モッくんの地元に住まう者として
嬉しさ格別


以前観たんだけど、また観にいってこよう♪

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「闇の子供たち」

 
会社帰りに観にいった映画 「闇の子供たち」

残業で冒頭部分を少し見逃してしまったんだけど
やっぱり観にいってよかった。
というか、観ておいてよかった。


それぞれの立場で、それぞれの意見があるだろうけど
ラストシーンになんとなく違和感を感じたけれど

それでも世界の片隅の
陽のあたらない裏道にある現実を知るには
この映画の意義は大きいものだと感じた。

自分が観光で訪れたことのある国だっただけに
その惨たらしい現実に愕然としてしまった。

映画ではあるけれど
おそらく全くのフィクションではないのだろう。

*

お金とか欲望とか汚らしい大人の都合なんかで
子供の人権も命もこんな風に扱われてなるものか

という思いはもちろんありつつ

大人たち自身も拭えない闇の記憶に苛まれ

所詮大人も、永遠のこども
真の闇は外の世界ではないのかもしれない


人は誰でもしあわせに生きる権利を持っている

それは紛れもない真実であるはずなのに

*

すぐにすべてが変わるということは難しくても
まずは知ることから

「闇の子供たち」 オフィシャルサイト
 

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マルタのやさしい刺繍

 
ちょっと前から気になっていたスイス映画

「マルタのやさしい刺繍」 を観てきました。


旦那さんに先立たれて悲しみにくれる80歳のマルタが
ひょんなことがきっかけで、遠い昔夢見たランジェリーショップを
オープンさせる、というサクセスストーリー

泣いてばかりいたマルタが、娘時代の夢を思い出し
友人の後押しを受けて喪服を脱ぎ、夢に向かいはじめてからは
画面も一気にカラフルになっていく。

「どこにそんなパワーがあったの!?」 と言いたくなるぐらいに
封印したはずの夢を実現させるため動き出すマルタ
閉鎖的な村ではランジェリーショップは「ハレンチ」扱いされ
身内にも友人にも村人達にも受け入れられず
数々の嫌がらせを受けても
80歳のマルタは諦めない。

そうしてひたむきにがんばるマルタに影響をうけて
それぞれが、それぞれの人生を諦めずに
新たな挑戦をしていく。

「もういい年だから」 「若くないから」 「できるわけない」

言い訳はいくらだってできるはず。

それでも「好き」という気持ちがあれば
「変わりたい」という気持ちがあれば

いつからだって遅くないはず。


映画の冒頭の、悲しみに暮れるマルタと、ラストシーンのマルタ
その表情の違いが、それを物語っている。


最近、色々と諦めモードになっていた自分に喝を入れられた感じ。

やっぱり生まれたからには

人間最後の一息まで、自分らしく、人間らしく生きていたい。


残りの人生の中で、今日という日が 一番若い日・・・なんだもんね。

*

近頃、家でも仕事でもプライベートでも色々あって
新たなことに挑む意欲も余裕もなく、けっこうカラカラな状態だったけど

今すぐに何もかも変わることはないけど

マルタや生き生きしたおばあちゃん達から
勇気と元気とワクワクをもらった気がする。

*

スイス映画って、多分初めてだけど
独特な間合いとか、映像があまりクリアじゃない感じとか
いろんな諸々が相まって、ほのぼのした印象を受けたけど

きっと同じストーリーでも、ハリウッド映画だったら
もっとメリハリの利いた、映像も音楽も派手な感じの映画になったんだろうなー

なんて想像してみたりした。

どちらがいいかは、好みが分かれるかも。

*

そんな映画を観た翌日

朝刊を開いたら

「埼玉県の高齢者バドミントンチームが国際試合で優勝」

のタイトルが目に飛び込んだ。

母に伝えたら、なんとメンバーの理事長は母の知り合いで
昔々、母がバドミントンを習い始めたころ、お世話になった方らしい。
人間的に素晴らしい方だったらしく、母も我が事のように喜んでいた。

御歳73歳
ひざ上10センチくらいのショートパンツをはいて微笑み、金メダルをかけていた。


同じチームの方たちも、練習に通うために55歳で運転免許を取り
足腰を鍛えるために、70歳まで富士登山をしていたらしい。

それができるのは、ご本人の忍耐力、向上心があるのはもちろんだろうけど
きっと 「バドミントンを続けたいから」


「バドミントンが好きだから」


大人になると、自分の気持ちに蓋をしてしまうこともあるけど
やっぱり「好き」って気持ちは、パワーの源なんだ。


わたしは素直に蓋を開けるところから始めなくちゃ。
 

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「アフタースクール」

 
映画「アフタースクール」観てまいりました。

期待通り・・・ていうか、それ以上におもしろかった!!
これはネタバレになっちゃうので、色々書けまへんなぁ・・・


後半どんどんストーリーが展開していき
だんだんと解き明かされていく謎の数々。
ひとつひとつのパズルのピースがはまっていき、絵が浮かび上がる。
すべてが繋がっていく。

何気ない一コマにも意味があって
「あぁ、そういうことだったのね!」って納得。


すっかりダマされちゃっても、なんだか爽快!


思い込みと勘違いを
「へへ〜ん」って軽く笑い飛ばされた感じ。


自分の見ている世界が、感じている思いが
世界のすべてだとは限らないんだよなぁぁ〜〜・・・


大泉洋さん、劇中でもモジャモジャよばわりされてました( ̄ー ̄)フッ


すべてが明らかになってきたところで
今回のキャスティングにもすごく納得してしまった。


中学校の教師役の大泉洋の言葉で、


「どのクラスにもいるんだよ。
 そんな風に何もかもつまらないって言って
 世の中わかったふうな顔して
 勝手にひねくれて。
 学校なんて、どうだっていいんだよ。
 あんたがつまらないのは、あんたのせいだよ。」


みたいなセリフがあったんだけど、やけに胸に響いた。
 


とにかく。


この映画に興味のあるお方は

あまり予習もせずに観に行っちゃってください。


そして見事にダマされちゃってください。


こういうダマされ方って、案外快感かも・・・(Mと呼ばないで)
 


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潜水服は蝶の夢を見る


映画「潜水服は蝶の夢を見る」を観てきた。


感じたことも、印象に残った場面も
セリフも表情も、思わずクスッとしちゃう場面も
しんみりとしてしまう場面も

色々あって、書きたいことがいっぱいあるんだけど
ありすぎて、書ききれなくて、何から書いていいかもわからなくて
結局・・・きりがないので最小限にとどめて書くことにした。


これは実話を基にした、「生」の物語。
ともすると暗く重くなる内容なのに、美しい映像とフランス映画特有のエスプリで
なんだかうっかりお洒落で軽やかで楽しい映画なんじゃないかと思ってしまう。

脳梗塞で左目以外の自由を奪われ絶望する、雑誌「ELLE」の元編集長。
ある時から「自分を憐れむのはやめた」と気持ちを切り替え
言語療法士との訓練で意思の疎通ができるようになり
まるで口笛を吹きながら、現状を受け止めているかのような主人公のジャン・ドゥ


それでも、最後の場面で現実に戻ってしまい、鳥肌が立った。


生きるということ
生かされているということ
根源から溢れ出るいのちの鼓動が尽きないかぎり
人は枯れることなく、世界を羽ばたき続ける


彼が20万回の瞬きをすることで単語を繋ぎ
言語療法士が書きとめ、たくさんの人々の手によって出版された
彼の自伝を、是非読んでみようと思う。

*

いい映画を観た。

それを受けて、自分がどう生きるか・・・
それが大事なんだ、と思った。
 

 

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「いつか眠りにつく前に」

 
今よりもっと若いころは

「今までの人生に、後悔なんてしていない」

って、偉そうに口に出して言ったりしていた。


今となってみると、それっていうのは

悔いがないほど精一杯生きてきた、ということではなくて
過ぎたことを今さら悔やみたくないっていうこころの表れだったんだと思う。
失敗したことを、認めたくないっていうか。

*

先日、お友達に誘ってもらって
映画「いつか眠りにつく前に」の試写会に行ってきた。

淡々と進んでいくストーリー
原題「Evening」(夕暮れ)というタイトルのように
静かにいのちの終焉を迎えるひとりの女性と、とりまく人々。


今まさに人生の最期を迎えようとしている老婦人が
夢と現実の意識の狭間で、何度も口にする言葉は
娘たちも聞いたことがない、ある男性の名前。
過ぎていった遠い過去の、苦い記憶。


人は人生の最期に何を、誰を思うのだろう。


これでよかったんだろうか
あの人にもっと優しくしてあげればよかった
あの時違う選択をしていれば・・・


過ぎていった遠い過去は、決して時間によって消え去るわけではなくて
むしろ最期に鮮やかに蘇ってくるのかもしれない。


そんな最期を迎えている母のそばで、娘たちもまた
自分の人生を見つめ直し、生きることを信じようとする。
新たないのちと、消えゆくいのちが交錯する。

生きているということは、まわりのすべてに影響されていて
自分もまた、まわりのすべてに影響をあたえている。

そんなことを思った。
 


 「幸せになろうとして努力してね
        人生に過ちなんてないのよ」
 


迷いの中にいる娘に、母が遺した言葉。


過ちは、自分が過ちだと認めない限り
自分にとっては真実だ。

何を過ちだと感じるかは、自分のこころが決めること。


人生の最期に、わたしは何を思うのだろう。

口にする言葉は・・・こころに残る風景は・・・
手を握っていたい人は誰なんだろう・・・

 
 
過ぎたことは変えられないし、変える気もない。
すべてが今のわたしに繋がっている。
ただ、かつての「後悔なんてしていない」
と言い切れた若い自分とはまた違うかな。


「あの頃はよかった」「あの頃に戻りたい」
という意味の後悔ではなくて
「もっと違う言い方ができたんじゃないか」とか
「もっと親切にできたのに、だめだなぁ自分」とか


綺麗でまっとうに生きてこれてはいない自分だけど
過ちか真実かは、最期の時までわからないのかな・・・


・・・ちょっと話が逸れちゃった ^^;

 

今はただ、迷い悔やみながらも、歩き続ける。
 

 

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マリと子犬にやられました。

 
子供と動物がセットで出てくる映画は、なんというか・・・
「はい、泣いてください」 と言われている気がして
あまり進んで観る方ではないんだけど


ほんの思いつきで、近所の映画館で「マリと子犬の物語」を観てきた。


2004年10月23日の、新潟県中越地震。
実話に基づいて作られたフィクションとのこと。

ふと観てみようと思ったのは、つい先日
阪神大震災の記事を読んだりしたこともあったからかな。


もう、やばいです。
中盤、自分でも予想外に涙ボロボロで、周りに人がいなかったら
間違いなく嗚咽してました。

瓦礫の下敷きになっている宇津井健が自分の父に重なったりして
胸が締め付けられそうになったけど
とにもかくにも犬のマリと、子役の女の子に泣かされっぱなし。
あ〜、タオル持って行ってよかった(^^;
周りからもすすり泣く声やら、かなり本格的に泣いている声が聞こえてきた。
実際に犬と暮らしている人にとっては、尚更だろうな・・・


震災の悲惨さは、本当に被災した方々にしかわからないだろうけど
関東に住んでいて大地震に遭ったことがないわたしにとって

今こうして家族がいて、仲間がいて、家があるということが
日々の何気ない生活や、美しい町並みや自然に囲まれているということが

どれほどかけがえのないことなのか、改めて考えさせられた。


それから、マリ。

勇敢で、母としての深く大きく、強い愛で子供を護るマリ。
人間のために懸命に尽くすマリ。


困っている人を助ける、というあたりまえのことが
色んな思惑によって行動に移せない人間たちが多いというのに
本当に純粋に行動するマリにはたくさんのことを教わった。

ストーリーはだいたい読めるはずなのに、思いがけずいっぱい泣いて
映画館を出たときは、なんだか毒が抜けたみたいにスッキリしちゃった。

これも浄化?


あんなに涙を流したり、カラダの奥から波が押し寄せるみたいに泣くのが
気持ちいいのなら、またあの映画を観たいな、とさえ思った。


で、気づいた。
 


自分が泣きたかったということに。

 


きっかけが欲しかったんだ、ということに。


*

 
泣いた後は、プールで泳いだ後のような脱力感。

鎧が剥がれたみたいに軽やかだった。
 


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「転々」観てきた

晴れた休日♪


いくらでも家でやることがあるのに
体調もあんまり良くないというのに

どーしても行きたくなって、映画「転々」を観てきた。


やっぱりオダギリジョーかっこいいよ。
かっこ悪い役を、あんなにさり気なくかっこよく見せちゃうんだもの。


昔は正統派二枚目って感じだった三浦友和も
あんなダメおじさんみたいな役がすっかりハマっていたし
キョンキョンもすごく自然で魅力的だった。

時効警察の面々のやりとりも笑えたし、とにかく小ネタ満載。
こちらもいっしょに、ゆるゆると散歩している気分を味わえた。


ただね、単に笑えるだけじゃなくて、大きな秘密を抱えているお話なので
時にしゅんとなったり、切なくなったり、どきどきしたり。


特に観終わった直後よりも、帰りの電車の中で

「福原さん(三浦友和)、今ごろどうしてるのかしらー・・・」

なんて思っちゃったりして。

人間っていろんな人がいるよね。いろんなことがあるよね。
人生も、とぼとぼと、ぼちぼちと、お散歩しているようなものなのかも。


描きようによっては暗いサスペンスにもなるお話なんだけど
こういう描き方もあるのね、っていう感じがした。


わたしも街で岸辺一徳に会いたいなぁ〜( ̄▽ ̄ )

 ↑この理由は映画を観ればわかります♪
 

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パンズ・ラビリンス

 
もうじき終わってしまいそうなので、映画「パンズ・ラビリンス」を観てきた。


思っていたより悲痛な現実を突きつけられた映画で
いわゆるディズニーのようなファンタジー映画とは違うものだった。
スペイン内戦が絡んでいたのが、最近マイ・スペインブームな自分にリンクしていた。
(とは言っても、やけにスペインに行きたい!とか、スペイン料理食べたい!とかのレベルだけど)


何度か目を覆いたくなるような残酷なシーンがあった。
悲しい歴史。酷い現実。人間の愚かさや、したたかさ。
そんな中で際立つ、少女の無垢な瞳と勇敢な魂。

そもそも何が現実で、何がファンタジーなのかわからない世の中。
今この現実がファンタジーなのかもしれないし。
ファンタジーの中にこそ、すべての鍵が隠されている気がする。
愚かで弱くて汚らしいものをも含んだ現実こそが永遠のファンタジーなのかも。

強烈な破壊力を持つほどの美に転じる可能性を秘めているような。


↑ここまで、あんまり考えずに感じたことを打っていた。

*

実は少し風邪っぴきだったせいか、はたまた昨日午前様で寝不足だったせいか
途中絶えられなくて睡魔に襲われてしまったのでした・・・うぅ・・・
こういう時に、薄暗い空間とゆったりしたシートは危険なのよねー・・・

でも、終盤は引き込まれるように鑑賞できた。
ラストは何ともいえず切なかった・・・ ある意味救われたような気はするけど。

現実とファンタジーの見事な融合!
酷い現実と、夢のように美しいファンタジーのコントラスト。
それぞれが別の世界の出来事ではなく、同じ出来事を違う側面から見たような。
すべては表裏一体。
この世界も。起こる出来事も。自分自身も。


隣りに座っていたカップルは、観終わったあと

「こんな重い映画だと思わなかった。なんかすげー重い。」

と話していた。・・・それもわかる。
わたしもポスターを見た時は、夢のように楽しい感じの映画かと思っていたから。


でも、なんか真実を突きつけられたような映画だった。

もっと疲れていない時に、もう一回じっくり観てみたい気がする。
 

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ボルベール〈帰郷〉

見逃した!と思っていた映画を
スクリーンで観ることができる、ありがたき名画座にて。


今回はスペイン映画。
ペドロ・アルモドバル監督の「ボルベール<帰郷>」


「オールアバウト・マイ・マザー」 「トーク・トゥ・ハー」に続く
女性賛歌三部作の完結編とのこと。


以前の2作品もそれぞれにインパクトのある作品で
アルモドバル独自の世界観に魅了されたけれど
今回の「ボルベール」も、監督にしてやられたって感じ。


起きる出来事は、はっきり言って衝撃的。
非日常・・・ていうか犯罪。
それを淡々と見事にストーリーの中に組み込み、別のテーマへと導いてしまう。

道徳的にどうとか、正しいとか正しくないとか、罪とか罰とか

そういったものが吹き飛んでしまった後に残る、普遍的な愛のテーマ。


ボルベール。帰郷。

人はどこから来て、どこへ帰ろうとしているのだろう。
わたしの故郷って、なに?

魂の輪廻、真っ赤な血の繋がり。
逃れられないスパイラル。
そして、母の強い、深い、愛。


情熱的なスペインの大地や風を感じさせるような映像。
独特な色のマジック。
悲しみ、嫉妬、憎しみを抱きつつも
何事にも屈せずにひたすらに大地を踏みしめて生きる女たちの逞しさ。


これは、赤い映画だな、と思った。

情熱、生きる強さ、嫉妬、怨恨、行動力
大地、緊急事態、血の繋がり、母の愛・・・


赤のテーマ。
観ているうちに、自分の中の赤い血がふつふつと湧き上がる感じがした。


そして、女の映画。

様々な立場の、様々な女の人生。
娘でもあり、母でもある、女の人生。
そして、そんな女の人生は、男の存在なくしては語れない。
この映画は、男の出演者は少ないけれど
確実に男の存在が描かれていて、だからこそ女の人生が浮き彫りにされている。


秘密が女をゾッとするほど美しくするのか

人には言えない悲しい秘密を抱いた女
喜びも悲しみも、嫉妬も憎悪も、何もかも呑み込む女

特に「母は強し」なんだな、と思った。
世の中の「母なるもの」は偉大だと、改めて思った。

*

アルモドバル監督、監督修行と称して?なのか
様々な経験を積んできた人みたいで
なんかそれがすべて作品に表れている気がして
クセのある作品もあると思うけど、わたしは好きだ。


様々な事件を扱っているわりに、最後に感じたのはあたたかな母性愛。
観終わったあとに、まだ胸にぬくもりが残っているような。

扱う内容には賛否両論あるんだろうけど、フィクションであるからして
そこから何かエッセンスを受け取ればいいのではないかと。


事件はなにも解決しないし、法の裁きも受けていない。

けれど、ある意味、別のかたちで裁きは受けたのかもしれない。
そうやって人生は帳尻が合うようになっているのかもしれない。
ひたすらに懸命に生きていれば。


アルモドバル監督って、おもしろいな。


そして、主演のペネロペ・クルス・・・
この映画でのペネロペは、妖艶で逞しくて愛に溢れて・・・
やけに魅力的だったっす!


 

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めがね

やっと「めがね」を観てきた。

先日行った職場近くの映画館は満席だったので
昼休みに映画館へ行き、チケットだけ先にゲットしておいた。
これで安心。

気分を高める?ために、自らもめがねを装着して準備万端。

やはり噂どおり、同じようなめがねっ子率がかなり高し。
しかも女子率かなーり高し。

なんか映画館わいのわいのいっててやっぱり満員御礼・・・


映画の舞台は、春の海。
淡々と、ゆるゆると、流れていく日常。


夜のバーベキューで肉を食べまくるシーンとか
お味噌汁が香ってきそうな朝ごはんの食卓とか

こころを込めて炊いた小豆の、かき氷とか

大きな海老をむさぼり食うみんなの野性的な感じとか

おいしそう、楽しそう。
わたしも一緒に食べたくなった。


食べることって、原点でもあるからね。


お互いがお互いを、いい感じでゆるしている。
いい感じに放っておいてくれる。
とある海での、ひとときの物語。

ひとときだけど、永遠のような。


日々時間に追われてがんばりすぎている人にとっては
なにかがゆるんでいく、ほどけていく、ありのままになれる
心地よい映画のような気がする。


わたし自身も、観る時によって感じ方が違うだろうな、と思う作品だった。

個人的には、これは思いつきでふらっと行って、がらんとした映画館で
ぼーっと眺めるように体感したいような映画だなぁと思った。

そして、かなり煮詰まって疲れている時のほうが、自分には効く気がした。


どっちにしても、やっぱりもたいまさこさんにヤラレタ!

「かもめ食堂」の時もそうだったけど
あの人が出てくるだけで、ニヤニヤしちゃいますのよ・・・( ̄ー ̄)プッ


そしてサントラ盤も、ちょっと気になる。
波の音やマンドリンの音なんかも入っていそうで。

もちろんメルシー体操のテーマもね♪


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幸せのレシピ

気になっていた映画、「幸せのレシピ」を観てきた。

なんかね、良かったです。

自分のルールに縛られたひとりの女性が、予定外の出来事によって
自分でも思いがけない道を歩みだすことになるストーリーが。

煩わしい、面倒くさいと思っていた人との関わりから
何かに気づき、だんだんと自分の殻を破っていくプロセスが。


正しいと思ってがんばってるのに、空回り。

そういうこと、誰にだってあると思う。

気づかせてくれるのは、勇気を与えてくれるのは
やっぱり人だなぁ、愛だなぁ・・・
なんて思ったりした。

頑張りすぎてる時は、深呼吸して肩の力を抜いてみると
大切な何かに気づくかもしれない。


この作品の原題は 「No Reservations」

予約なし。

予定どおりにいかない人生。
だからこそ、生きていくってワクワクと楽しいことなんじゃない?

っていう思いも込められているのかな。


きっちり正確にレシピどおりの料理を作り上げていたヒロインが
様々な出来事と出会いの中でどのように変化していくか。
自分にとってすべてだと思っていたものを手放し
自分を開いて、壊して、たどり着いた幸せは・・・


ラストカットの舞台が、彼女の選んだ道を表している。
原題「No Reservations」に込められた意味がわかる気がした。


人生は、ちょっとしたスパイスのさじ加減で
思わぬ美味しい世界を生みだすものなんだろうな。
ちょっとぐらい煮込みすぎても、かえって美味しくなったり・・・

うれしい誤算。
チーズも偶然の産物っていうしね♪


*・*・*・*

 監督は、オーストラリア映画「シャイン」のスコット・ヒックス監督。
 この映画も好きで、何回か観たっけなぁ (^-^*


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キサラギ

まったくの思いつきと勢いで、突然映画館に行ってきた。

観てきた映画、それは「キサラギ」


金曜日までは、全然違う映画を観ようと思っていたのに。
昨日は朝からなんだかキサラギモードだった。

単純に、キャスティングに魅力を感じたというだけの理由で。
あとはなんとなく笑えそうだなぁと。


いやぁ、おもしろかったよ!

テンポもいいし、笑いあり、スリルあり。
場面は変わらないのに、展開はゴロンゴロン変わる変わるw
ぐいぐい引き込まれちゃって、退屈してる暇なんてありません!
最後はちょっとホロッとしたしね。
キャストの5人と一緒に謎解きしている感じ。
声出して笑ったり、人の温かさにじんとしたり。


とってもライブな感じ。
シチュエーションも変わらないせいか、
映画なんだけど、舞台を観ているようだった。

個性派揃いのキャストがみんないい味出していたけど
つくづく、香川照之ってクセのある役が似合うよなぁぁ~(^□^;
最近けっこう好きな俳優さんのひとりです。

しいて言えば、ラストに出てきたジョーさんのポジションが
よくわからなかったけど・・・
まぁそれもいいかと思わせるパワーがあって楽しめました♪


ストーリーについては、あえて書きません。
難しいことは考えず、とりあえず観てみて!!

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東京タワー

映画「東京タワー オカンとボクと、時々、オトン」を観てきた。


「東京タワー」という本はベストセラーでさんざん話題になり
書店でも平積みになっていたし、周りでも読んでいる人がいたけど
なんとなく進んで読もうとは思わなかった。
TVドラマにもなっていたけど、あんまり興味を持たなかった。


でも、映画のキャスティングを知ったら興味が出てきた。


だって、オダキリジョーと樹木希林なんだもん。


近所で安く観られる、という単純な理由で
自転車に乗って観に行ってきた。
すごく期待する・・・というよりも、かなり気軽な気分で。


だけど。

本も読んでないし、ドラマも観ていないけど
この映画のさりげない佇まいは、なんだかこころにずんと来た。
派手な演出がないのがよかった。
シンプルだからこそ、メッセージがずんときた。
穏やかに進行するストーリーの最後に
福山雅治の低い声と
スローなエンディング曲が胸にじんわりと響いてきた。


そしてオダジョーも素敵だったけど、樹木希林を惚れ直した。
すごい人だなぁと思った。
やっぱり魅力的なひとだなぁと。

* * * * * * * *

子供のころ、ワイドショーで誰かの告別式の中継を見ていたとき、
女性のみなさんのお決まりの喪服姿の中で、
樹木希林さんは黒のパンツスーツでさっそうと登場していた。
今でこそ、型に囚われることの少ない世の中だけど
当時、お葬式で女性がパンツスーツっていうのは、
けっこう異色だった気がする。
確か新聞記事にも載っていたと思う。
希林さんの黒いパンツスーツ姿。

まだ子供だった私は、颯爽とした彼女の姿を見て
「自分の価値観を持った大人の女性」という印象を持った。

・・・なんてことを思い出した。

* * * * * * * *

きっとこの映画は、観る人の個人的な体験や感情に
かなり強く語りかけることになる気がする。

途中、オカンの闘病シーンが映し出されている間
観るに耐えられなかったのか
映画館を出て行ってしまった人が何人かいた。
オカンが亡くなった後の幾つかのシーンでも
嗚咽をかみ殺している感じの声が聞こえてきたりした。

ひとりで観に来ていた隣の女性も、ずっと泣いていた。


何気ない話。
だからこそ、誰の人生にもリンクする話。


わたしは幸いにして、両親が健在だ。
映画を観終わって、「親孝行しよう」 と、素直に思った。

* * * * * * * *

今日は久し振りに両親とフラワーパークに行ってきた。
春に芽吹いた、色とりどりの花。
たくさんの命の芽吹き。

晴れた空の下で、両親と共に過ごせる幸せを、かみしめた。

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魂に響くスペイン映画

池袋の新文芸坐に興味ある二本立てを観に行った。

ここは名画座らしい企画も豊富でありながら、ちょっと前に見逃した映画も数ヵ月後にスクリーンで観ることができるのでお気に入り。

朝早くから来ているお客さんも、いかにも映画が好きそうな紳士とか若者が多く、ひとりで来ている人が多い。
騒がしくなくて安心して過ごせるところも好き。

・・・・・・・・・・

観た映画は、スペイン映画。
「トーク・トゥ・ハー」と、「オール・アバウト・マイ・マザー」
どちらもずっと観ようと思っていたので、嬉しい二本立てだった。
かなり楽しみにしていた。

結果、二本とも観てよかった。

ただ、どうしたものか・・・ここに色々感じたことや感想を書こうとしても、書けない。
あまりにもメッセージが多すぎるのか、感じたことが多すぎるのか、衝撃が大きすぎるのか。
複雑な気持ちになったり、ドキドキしたり、映像や音楽やセリフにセンスを感じたり、人間の悲しい性を感じたり、本当に感じることは間違いなくたくさんあった。
観終わった今なお、じんわりと余韻を感じたり、自分の中で問いかけたりしている。
今のわたしには、それでいいんだと思った。

愛するとは、ただ「愛する」ということ。
生きるとは、ただ「生きる」ということ。

それがスクリーンに映し出されるからこそ、胸を打つ。

おそらく万人に受け容れられる内容ではないし、様々な意見が飛び交う作品なんだと思う。
深くて、重くて、痛くて、悲しくて、切なくて・・・
でも、それぞれの人生をたまらなく愛しく感じる。
確かに人生には希望の光があるよ、と示してくれる二作品だった。

特に、以前caetanovさんも勧めてくださった「トーク・トゥ・ハー」は、芸術性豊かな作品だと思った。
ピナ・バウシュとカエターノ・ヴェローゾが出演しているのにも驚き。
彼らの表現が、まさに作品の真髄を象徴している。

この二作品の監督、ペドロ・アルモドバルという人は、
「いかに正しく」ではなくて、「いかに真実に」と問いかけてくるよう。
闇に向き合い、受け容れつづける人なんだろう。


愛は奇跡を起こす力を持っている。
その事実をどう捉えるかは、その人次第なのだ。

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アロマ&アロハな土曜日

久し振りに、アロマボランティアに参加した。
都内の老人ホームにハンドマッサージに行くんだけど、あまりにもブランクがあったので感覚を取り戻すために、事前にワンデイセミナーの実習に参加し、身近な人に手を借りて練習した。
こういう練習だと、みんな喜んで手を貸してくれるのよね。

今回は人数はわりと少なめで、穏やかな空間だった。
ほとんど眠ったままの方もいれば、ほとんど話しっぱなしの方もいたり、いろいろだった。
香りとスキンシップが、人の状態を変化させることを、またも実感。
アロマだけではなく、介護のことや老後のことを考えさせられる空間だった。

・・・・・・・・・・・・・・・・

帰りに思いつきで映画「フラガール」を観た。
すごく観たかったわけではなかったけど、思いのほか評判がよかったようなので、なんとなく。
フラダンスって、ひとつひとつの動作に意味があったり、
自然界に敬意を表しているっていうのは知ってはいたけど、
優雅なだけではなく、あんなに激しいダンスだっていうのは知らなかった。
第一チャクラが揺さぶられる感じ。
このストーリーのベースに繋がる。

福島県いわき市の「常磐ハワイアンセンター」誕生に
こんなストーリーがあったとは知らなかった。
不覚にも涙が溢れてしまった。
ラストのダンスシーンは、周りに人がいなかったら声出して泣いてたかも・・・
苦労が報われるってのに弱いんだよね(^-^;

女優陣もそれぞれ魅力的だった。
南海キャンディーズのしずちゃんが、意外にも重要な役どころだったのにはオドロキ。
蒼井優ちゃんは、なんだか大物になりそうな予感。
脇を固める俳優陣もいい味だしてたよ。

なんか、たくさんの愛とパワーをもらった感じ。

いい一日だった♪

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マッチ・ポイント

ウディ・アレン監督作品「マッチポイント」を観ました。

おもしろい、との評判だったのと、
5月に旅したロンドンの風景を楽しめそうだったから。

映画のコピーは、

  ボールがネットの上に当たって はずんで
  ツイている時は 向こう側に落ちて、勝つ
  ツイてない時は こっち側に落ちて、負ける

  勝敗は運が決め 
  人生はコントロールできない・・・


というもの。

約二時間の間、退屈する間もなく次々と意外な展開に翻弄され、「えっ、ここで終わりなの・・・?」というラスト。
簡単に言ってしまえば、野心家の男が、金持ちの娘である妻と、挑発的で魅力的な愛人の間で揺れ動くような話なんだけど、それは表面的なストーリーで、その奥には人間の深層心理が見え隠れして、安っぽい恋愛サスペンスとはひと味ちがった人間ドラマ、という印象だった。
欲望と、情熱と、裏切りと、人間の強さ、弱さが見え隠れ。
人生は、何が起こるかわからない。
どこでどう波に乗れるか、飲まれるか・・・

賛否両論なんだろうなー。
わたしは職場の女性と行ったんだけど、その人は

「オトコってズルイわねぇ~!アイツ運のいいヤツねぇ~!」

という印象が強かったみたい。

わたしは、いいんだか悪いんだか、あまりストーリーの中に入り込まずに観ていた。
傍観者の目って感じ?
これってカウンセリング手法の影響なのかな。
(職業じゃないけど職業病みたい・・・)
それともストーリーによるものなのか・・・

感情移入して観れば、いくらでも感情的になったり悪者を探したり(ある意味明らかに悪者はいるのだが)、色んな視点で意見を言い合える映画だと思う。
私情感情に振り回されずに、目の前で起こる出来事を冷静に眺めるという視点で観ていると、様々なことに気づくことができる。
「したことに対する罪と罰」というよりも、その場その場の行動や判断が、いかに次の人生を左右するか・・・という広い意味での教訓というか、法則というか。

人間、土壇場になったら何をするかわからない。
本当に笑っているのは、泣いているのは、いったい誰なのか。

わたしとしては、起こってしまった怖い出来事よりも、
ラストの終わり方のほうが背筋がゾッとするような感じがした。

物語のラストは、実は新たな悲劇の幕開けなのかも・・・ぶるっ!

これは伝えるよりも、実際に観て感じるほうがいい映画だと思う。


ウディ・アレンのちょっと皮肉めいたエッセンスと
スカーレット・ヨハンソンのお色気にご注意下さい。


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想像力を養う

「ナイロビの蜂」という映画が気になっている。

先日、予告編を観てから気になっていたのだが
先週の朝日新聞の夕刊に、その映画について語る江原啓之さんのコメントが載っていた。

その映画は大きな愛、大我の愛について考えさせられるらしい。
そして、想像力が必要だと。
想像力とは、言い換えればすなわち「愛」だと。

わたしも同じようなことをよく考えていた。

相手の痛みを我が事のように感じられること。
自分とはかけ離れた人の苦しみを想像できること。
相手の立場を思いやること。

それにはやっぱり想像力が必要なんだ。
想像力は思いやりにも繋がる。

そしてきっと、それができる人は相手との距離を知っている。
相手の痛みや苦しみを、全く同じようにはわかってあげられないもどかしさも知っている。


想像の種は、生活の中でも見つけられる。

例えば、目の前にあるペットボトルの緑茶。

それを生み出すには様々な人が関わって、生産者がいて企画者がいてデザイナーがいて仲介者がいて広告代理人がいて販売者がいて消費者がいて・・・
それを生み出すには莫大な資金と貴重な時間が費やされ・・・
そのペットボトルは再利用すればまた還元され・・・などなど。
きりがなく想像できる。

それにペットボトルって、それぞれデザインが違っておもしろい。
裏返せばダイヤモンドカットみたいだったり、渦巻きだったりして。
これをゼリー型にしたり、キャンドルを作ったりできそうだな。

商品に合ったコンセプトでデザインされているんだろうな。
いっぱい会議とかしたんだろうな・・・徹夜して生み出したのかも?
なんて思ったりしてみる。

ペットボトルひとつでも、いろんな背景が見えてくる。


江原さん曰く、「想像力とは鍛えなければ衰えるもの」とのこと。
映画や小説、お芝居などに触れて、疑似体験すること。
確かに、ひとりの一回の人生体験は限られたものだからね。


想像力すなわち愛。

そして、思った。

「創造力」も、愛だな、と。

自分の創り出すモノ、行う行為、紡ぎ出すコトバ
すべて自分そのものだ。
愛を表現することなんだ。


イギリスとアフリカ・ケニアを舞台にした深い映画のようです。
また時間を見つけて観に行こうっと(レディースデーにね♪)


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かもめ食堂

映画 「かもめ食堂」
やっと観に行けました。


舞台は北欧フィンランド。
ヘルシンキの街角に「かもめ食堂」を開いたサチエ。

来る日も来る日も、お客が来ない。
それでも、焦らず、腐らず、いつものように食器を磨き、
テーブルを拭いて、花を飾る。

初めてのお客は日本かぶれの青年だった。

そうしているうちに、本屋で知り合った日本人女性ミドリや
荷物を失くした旅行者、マサコらと知り合い、
何気ない、けれど確実に昨日とは違う日々を紡いで生きていく・・・

***************

とにかくね、

小林聡美、片桐はいり、もたいまさこ

この3人なんですから。
そりゃ~、味わい深いわけでして。

個人的には、もたいまさこの初登場シーンに笑えた!
劇場内も、もたいさんが出てくる場面はクスクス笑い声がしていたよ。
今思い出しても・・・
  
  うはは!
    あぁぁ、また観たくなってきた!


北欧らしいファッションやインテリアも見どころ。

マリメッコの服やアラビアの食器や、
さり気なく置かれたイッタラのガラス製品など。

マリメッコとか、イッタラとか・・・
なんだかフィンランド語って、かわいらしいな。


お客が来なくても動じずに、今できることをやって過ごすサチエ。
日々の生活を大切にすること。
毎日を丁寧に生きること。

そんな日々の積み重ねが、明日に繋がっていく。

サチエの炊いたごはんをひと口食べたとたん、
ほろほろと泣き出してしまったミドリ。
あぁ、その感覚、わかる気がする。
どんなに感情の蓋をしていても、五感は正直なもの。
まして食べ物を口に運ぶという行為は、
とたんに自分の源に触れることになる。

あたたかい温度、しみわたる味、おいしそうな匂い。
急に、今ここにいる現実と、抑えていた感情が噴き出してくる。

食べることは、生きること。
人は、何かを食べなければ生きてはいけない。
今までも、これからも。
まずは腹ごしらえしないとね。

ついでに夢や、思い出も食べて
こころもからだも健やかでありたい。


シンプルすぎる食堂の空間も、
それがかえって素朴であたたかいフィンランドらしいのかも。
かもめ食堂に集う人々が、お店に色を添えていたよ。

お店は単なるハコじゃないんだ。
そこに集う人達でつくっていくんだね。

実際、映画を観ていたわたしは不思議な気持ちになった。
かもめ食堂のシーンでは、わたしも一緒にその空間にいて
空いている席に座っているような、厨房に立っているような
そんな錯覚におちいった。

森の木々のざわめきや、
開いた扉から吹き込んでくる風の感触、
淹れたてのコーヒーの香り・・・

そんな五感を刺激する映画でした。


それになにより、おなかがすく映画でした・・・(* ̄▽ ̄*)ニハ

鞄の形がユニークなパンフレットと
映画のサントラ盤、買っちゃいました。
(なんで鞄の形なのかは、映画を観てのお楽しみ)

***************

余談ですが。
十数年前、渋谷の人込みの中で
片桐はいりさんに体当たりされたことを思い出しました。
目の前にはいりさんの顔があって大迫力でした。(ごめんなさい)
そして、ナンちゃん(南原清隆)に似ていました。
(重ねてごめんなさい)

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THE 有頂天ホテル

ちょうど時間があって、
近所で1000円で観れる日だったので、
映画「THE 有頂天ホテル」を観に行った。

単純に面白かった!
テンポも良くて飽きなかった。
笑いどころもいろいろあったし。

とにかく登場人物もいろいろ出てくるので、自分にあてはまりやすい人が誰かしら見つかる感じ。

個人的には伊東四郎にヤラレました。
早く洗顔クリーム投げてあげたかった(笑)
西田敏行と梶原善のやりとりにも笑えたし、オダギリジョーの特殊メイクにもあぜん・・・(゜。゜;)))
ひとりで酔っちゃってる秘密探偵のアリキリ石井さんもいい味出してました。

篠原涼子って、なんかすっかり実力派女優という感じがしてきた。
やっぱり旦那様の影響かしら。

あー、あとクネクネダンス、見たかったなぁ!!!
(観てない人のために多くを語らず)

事前にTVでメイキングも見ていたし、正直言って想像の域を超えることはなかったかな?とか、細々したところのつっこみどころとか無いわけではないのですが、単純に楽しかったし、何度か吹き出しちゃう場面もあった。
でも笑いだけじゃなくて、ふと考えさせられるところもあったよ。
自分に自信をなくしたり、諦めちゃったり、必要以上に自分を大きくみせようとしちゃったり・・・なんてシーンも、きっと誰にでも経験のあることのような気がする。

そうそう、なんとなく観る前から感じたんだけど、
「ラブ・アクチュアリー」を彷彿とさせる気がした。
たくさんの登場人物のストーリーが交錯しているところとか、影響しあっているところとか。
ラブ・アクチュアリーがいろんな愛の形をテーマにしているとしたら、有頂天ホテルは「自分のハートに正直に生きる」とか「ほんのちょっと勇気を出してみる」とか、そんなことを言いたかったのかな?なんて思ってみたり。
ポスターの感じもとっても似ているような気がする。
・・・って思うのはわたしだけかな?

みんな色々あるけれど、
みんなそれぞれのしあわせ見つけようぜぃ!!

と思った夜でした♪


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ヘイフラワーとキルトシュー

何か映画を観たい。

でも最近お疲れ気味だから、
あんまり深刻な映画は重いなぁ・・・

と思ったので、単純に楽しめそうな映画を観にいきました。

「ヘイフラワーとキルトシュー」 フィンランド映画です。

↑HPかわいいっす!

緑豊かな環境で暮らす一家とご近所さんたちの日常を楽しく、ちょっぴりせつなく描いたおはなし。

とにかくね、色がキレイで楽しいこと!

場面ごとに変わるかわいいお部屋にお洋服。
北欧のインテリアやファッションに興味あるひとは必見かも(マリメッコも使われてました)。
観ているだけで元気になりそうな色がいっぱいで、こころがウキウキしちゃいます。

それからね、姉妹がかわいいのなんのって!

23

しっかり者でやさしい
姉のヘイフラワーと、
無邪気でちょっとわがままな
妹のキルトシュー

どちらもホントにキュートでたまらない!

途中でケンカしちゃうんだけど、
わたしも二人姉妹だから
自分たちの子どもの頃と重なって、懐かしくなっちゃった。
「あ~、わかるわかる!」ってね。

ケンカして、口も聞かなかったふたりが
仲直りして手をつないで眠っている姿が
なんだか天使のようだった。

家族の危機なんかもあったりするけど、
結局お互いを思いやって歩み寄ることで仲直り。
パパもママも、それぞれにダメなところがあったり、
コンプレックスを持っている。
そんなところも共感できてよかった。

いつも一緒だったヘイフラワーとキルトシューだけど、
お姉ちゃんのヘイフラワーは明日から小学生。
もう今までみたいに遊べなくなっちゃうのかな・・・
ちょっぴりせつないシーンで発したキルトシューのかわいい一言に、思わず笑ってしまった。

色にあふれた、愛にあふれた、ほのぼの系のカワイイ映画。

そして、まだまだ小さいと思っていた子どもが
一歩一歩、確実に成長して進んでいく姿が描かれた映画。
ラストシーンもそのことを象徴していた。

わたしはこの映画を観ながら、

1

子どものころ
妹と手をつないで
寄り添って撮った写真を思い出しました。

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メゾン・ド・ヒミコ

  私を迎えに来たのは、

  若くて美しい男。

  彼は、父の恋人だった。


このフレーズが気にかかって、観てきました。

「メゾン・ド・ヒミコ」


塗装会社の事務員として働く沙織(柴崎コウ)、24歳。
沙織の父は、彼女が幼い頃に家庭を捨ててゲイの道を選んだ。

伝説のゲイバー「卑弥呼」の二代目を継いだヒミコ(田中泯)は、店を閉めた後にゲイのための老人ホームを創設し、館長を務めている。そのヒミコが病に倒れ余命いくばくもない状態になり、ヒミコの恋人、春彦(オダギリジョー)は、沙織を訪ねてくる。
「金は払う。ヒミコを手伝ってくれないか」と。

始めは、同性愛者が世間の偏見に立ち向かう、というような内容かと思っていた。
もちろん、そういった側面もあるのだけど、これはゲイだとか、アブノーマルだとか、マイノリティだとか、そういったテーマではないのだと思った。
人は誰もが孤独を抱えている。寂しさや不安を抱えている。
人生には、どうにもならないことがある。

それでも自分以外の誰かと、かかわっていくということ。
そこから苦しみも生まれるけれど、喜びも生まれるはず。
人は孤独であると同時に、希望をも持ち合わせているはず。

映像から心躍るような色、香り、音や空気やぬくもりが感じられる。
淡い想い、儚い夢、ささやかな憧れ。こぼれる笑顔、優しい時間。
けれどそれだけではなく、
人生の切なさや残酷さも感じられる。
一見おとぎ話のような建物や衣装、インテリアも、
おとぎ話のような空間だからこそ、その残酷さが現実味を帯びてくる。
自分以外の誰かと共に日々を過ごすことで、すべての悲しみや不安が消えるわけではない。
むしろ誰かと共にいることで、理解し合えないもどかしさを感じてしまうかもしれない。
さらに孤独感が増してしまうかもしれない。

けれど、悲しくはない。
きっと人生は、その命の尽きる瞬間まで、希望の香りがするのではないのか・・・
そんな気持ちにさせてくれる、切なくも清々しい映画でした。

ヒミコと暮らす、ゲイの仲間。
それぞれにチャーミングで、迷いながらも自分の選んだ道を生きている。

柴崎コウ演じる沙織の、くるくる変わる表情。
すっぴんで、子どものように泣きじゃくる姿が愛しかった。

ヒミコ役の田中泯の、圧倒的な存在感。
凛とした立ち姿。意志を持った強い視線。
このヒミコの存在に、この映画の真髄が凝縮されている気がした。
今回初めて知った俳優さんだけど、舞踊家だとか。
それを聞いて納得。あの立ち姿。鍛え抜かれた肉体。
ただそこにいるだけで多くを語っている。とっても魅力的な人だった。


そして、この映画を観て、ちょっとびっくり。

オダギリジョーって、こんなにカッコよかったっけ???

今回の春彦役が色っぽかったってのがあるのかもしれないけど・・・ちょっと映画観てる間、惚れてました。ひゃほ!

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「マザー・テレサ」

映画「マザー・テレサ」初日に観にいきました。

ところが、

14時10分の回に間に合うように余裕で到着したにもかかわらず、

「マザー・テレサは夜19時20分の回まですべて売り切れとなっておりま~す」

という悲しいアナウンス・・・

お客さんたちも、「えー、どういうことー?」とがっかりして帰る人たち、別の日に出直そうと話している人たちがいる中で、わたしも別の映画に変えちゃおうかな?と思いつつも、やっぱりせっかく来たんだから・・・と思い、19時20分の回を観ることにした。
普段なら6時間近くも待つなんて、すぐに気持ちを切り替えちゃうところなんだけど、ちょうど先日マジェンタの記事を書いたときに出逢ったマザーの言葉があったりして、なんとなく今観ておきたいと思ったから。


漠然としか知らなかったマザー・テレサのこと。
背景にイスラム教とヒンズー教との抗争があったり、
自分自身が所属する修道会の中での葛藤があったり、
理解されずに罠に落とされたり、
お金のこと、法律のこと、
様々な現実問題が立ちはだかってきた。

それでもマザーは諦めなかった。
諦めるということを知らない強い意志と、愛の力。
すべての原動力となる「祈り」の力。
慈悲深く優しいだけではない、底知れぬパワーとフロンティア精神。

正しいことを、神が望んだことをただひたすら実践しつづける彼女には、どんな困難が待ち受けていても、いざというときに誰かが助けてくれる。手を差し伸べてくれる。やがてそれが大きな力となって、不可能かと思われたことが可能になっていく。
周りを巻き込んでいく大きな力。

マザーは言った。


わたしたちのすることは
大海のたった一滴の水にすぎないかもしれません

でも、その一滴の水があつまって
大海となるのです

何もしなければ
その一滴も永遠に失われます


マザーが最も貧しい人と共に生きることを決意し、
新たに身に纏ったサリーは、白地に青いラインの入ったもの。

純粋さを表す白、聖母マリア様のローブと同じ青。

限りなく神に近い、
でも架空ではなく、現実にこの世で愛を生きた
奉仕と慈愛に満ちた一人の人間の人生というものを
感じることができた。

わたしは泣くものだと思って、しっかりとハンカチを用意しておいたけれど、不思議と涙は出なかった。
必要以上に大げさな演出もなく、淡々と一人の人間を描いたからだと思う。
観終わった後、じわじわと温かくなるような、
なにか大切なものや宿題を受け取ったような、
そんな映画でした。観てよかったと思う。


貧困をつくるのは神ではなく
わたしたち人間です

わたしたちが
分かちあわないからです


なんとも考えさせられる言葉です。


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ロング・エンゲージメント

フランス映画、 「ロング・エンゲージメント」
気になっていた映画だったので、観てきました。

主演のオドレイ・トトゥと言えば、映画「アメリ」のイメージ・・・キュートでコミカルなフランス娘というイメージが強かったんだけど、この映画では、キュートでありながらも妖艶で、苦難を乗り越えようとする芯の強いフランス女性、という印象が残った。

まず始まってすぐの印象が、戦闘シーンのもの凄さ!
正直言って、「あれ、こういう映画なの・・・?」と少し引いてしまった。
どうしてもアメリの監督ということもあってか、もっとコミカルで洒落てて・・・という映画かと勝手に想像していたので、むごたらしいシーンが続いて胸苦しくなってしまった。
ハリウッド映画でも派手な戦闘シーンはいろいろあると思うけど、それとは違って、もっと戦場での陰湿さやリアルさが感じられた。それもフランス映画らしいと言えるのかな・・・

それとは対照的なのが、主演の2人(恋人同士)の田舎での平穏な日々や、優しい家族や美しい街の風景。
戦闘シーンが悲惨だっただけに、そういった平和なものを壊す戦争というものに対して、どんな理由をつけても、やっていい理由にはならないな、と思ってしまった。

婚約者マネク(ギャスパー・ウリエル)が戦死したと知らされるマチルド(オドレイ・トトゥ)は、周りが何と言っても信じない。

「彼に何かあれば、私にはわかるはず」
「希望を失うくらいなら、死んだほうがマシよ」

周りの声や証拠(らしきもの)に何度も心が打ちのめされても、自分の直感を信じる強さ。
彼の行方を探る中で明らかになってくる真実や、その陰で笑う者、泣く者。

そんなシリアスな中にも、フランス映画らしいエスプリも効いていて、密度の濃い映画だったように思う。

直感の糸を信じる。

何の確証もないのに信じることは、不安だし、孤独だ。
でも、信じられないよりは、信じたほうが救われるのかもしれない。

たとえどんな結末であっても。

近頃あまりにも情報が溢れすぎて、何を選んでいいのか分からなくなったり、自分が何を欲しいのかも分からなくなったりするけれど、マチルドのように自分の直感を信じることができたら、物事の本質を見抜くことができるのかもしれない。自分の五感も第六感も、使わないと感覚鈍っちゃうからね。

人間の直感や本能だって、捨てたもんじゃないはずだよね!と思わせてくれた映画でした。

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すべては繋がっている

GAIA
~すべての存在は時空を超えて繋がっている~


「地球はひとつの生命体である」という「ガイア理論」を唱えたイギリスの生物物理学者、ジェームズ・ラヴロック氏の理論に基づいて生まれたという映画、 「地球交響曲・ガイアシンフォニー」

このシリーズも、ついに第五番になる。

地球上の様々な分野で生きる人々に焦点を当て、それぞれの人生観、宇宙観、愛とは、死とは、命とは・・・過去から現在、そして未来を見つめてそれぞれの思いを淡々と繋いでいくドキュメンタリー。

国境を超え、性別を超え、時空を超えたメッセージに毎回心が震える。

今回の第五番は、21世紀に入り様々な天変地異、戦争、テロ、SARSに世界不況・・・色々な課題をはらんだ時代を意識したテーマだったようだ。

この映画の監督は、今のこの時代を
「21世紀の新しい価値観が生まれ出るための陣痛の苦しみ」と言っている。
新しい生命の誕生には必ず陣痛が伴う、と。
そして第二番に登場した14世ダライラマ法王も言っている。
「苦しみが慈悲の心を育てる」と。
苦しみは、決して悪いことでも、排除すべきことでもない。
きっと逃げずに苦しみを味わうことで、情緒も育つのではないのだろうか。
試されている、と思う。
わたしたちも今この時代に試されているのかもしれない。

今回の第五番は、過去の第一番から第四番の出演者が少しずつ登場して、メッセージをのこしてくれた。
14世ダライラマ法王や佐藤初女さん、亡くなった星野道夫さんや、映画「グランブルー」のモデルにもなったジャック・マイヨールなど・・・

数年前、池袋リブロブックセンターのエスカレーターを上がりきったところで顔を上げた。
目の前に、椅子に座ったひとりの男性がいた。
フロアにはたくさんのお客さんがいるのに、なぜかあの時人込みが切れた。

目が合った。

ジャック・マイヨールだった。

彼は出版本のサイン会で来日していたのだ。
あとから思えばもっとビックリしてもよかったはずなのに、すごく自然に目が合った。
数秒後、彼は子供のように、いたずらっぽくニヤッと笑った。

それから暫くして、彼が自ら命を絶ったというニュースを聞いた。
イルカのようなジャックさんに何が起こったのかわからない。海に還ってしまったのかな・・・
それでも、この地球上で一瞬でも目が合って笑えたこと。魂が触れ合った瞬間だと思っている。

ジャックさんは言っていた。

「赤ちゃんはへその緒でお母さんと繋がっている。この世に産まれて、へその緒が切れた瞬間に、一度死を通過して呼吸を手にし、地球と繋がる。」
だからこそ、母なる大地なんだなぁと思う。
そしてまた時がくれば、呼吸というへその緒が切れた時に死を迎え、新しい次元に生まれる。

生まれること、死ぬこと。

死ななければ、生まれ変わることもできないんだ。

地球がひとつの生命体だとしたら、私達人間ひとりひとりが地球の細胞って感じなのかな。
そして細胞ひとつひとつが考えていることは、もっと細かい分子、原子・・・
そう思うと、ひとりひとりの考え方、行動が、ガイヤという生命体にどれだけの影響を及ぼすか想像できる。
細胞が冒されると、人が病気になるように。
だからこそ、無駄な細胞はひとつもない、無駄な人生はひとつもない。
ひとりひとりが、自分の体を使って、自分の人生を命いっぱい生きること。それが母なる地球を救うことに繋がるのだろう。

すべては繋がっているのだから。


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映画にみる色彩効果

最近ついつい「色」の話題が続いてます。

自分が色彩心理を勉強中のせいか、まわりの出来事や、人のキャラクターなどから、よく色を連想しやすくなっているからなのか・・・いろいろ気づくことが増えてきたもので。

先週たまたまBSでやっていた「風と共に去りぬ」を観てしまった。

最初は何の気なしに眺めていたんだけど、しばらくすると、なんだかとっても気になってきたのだ。
画面から感じられる色・・・とくに「赤」について。

主人公スカーレットはとても情熱的な女性。華やかな世界に身を置きながら、ひとりの男性を一途に愛し続ける純粋さも持ち合わせているが、その愛を勝ち取るためには手段を選ばないような自分勝手さや、欲望を抑えきれない激しさや嫉妬心を持っている。
その後、戦争で故郷を離れた後も、愛する人とタラの赤い大地に恋焦がれつづける姿はエネルギッシュでもあり、生きることに対する執着心の強さを表している。タラの大地を守るためにお金を手に入れようと、なりふり構わない姿や、まわりに対する激しい怒りを表現している姿も、まさに「赤」の人だな、という印象を受ける。

そこで、劇中の「赤」を際立たせるかのように効果的に登場するのが「緑」だ。
緑は赤の補色であり、文字通り補う色。正反対の特徴をもっていながら、実は一番関連が深い色ともいえる。
スカーレットがたいてい緑を身につける時は、「淑女」を演出する時。
社交界のパーティーで殿方の前に出る時や、愛する人を陰ながら戦地へ見送る時、お金を工面するために、穏やかさや落ち着いた暮らしぶりを演出する時など。
日ごろ激しくまわりをかき乱すスカーレットが、そのまわりと調和をとるかのように穏やかな女性に見えてしまう。

途中、恋敵(愛する人の妻)も出てくるが、その女性はスカーレットとは対照的な女性で、彼女がよく身につけていた色は、ブルー系やパープル系が多かった。どんなときも相手を信頼し、許し、自分よりも相手のことを考える慈悲深い静かな女性だった。スカーレットとはまた違った強さを持った女性。まさにそれをあらわした色ではないか。

そしてラストシーンで、すべてを失ってもタラの大地で再起を誓う姿はまさに「赤」の人としか言いようがない。

赤が「火」や「血」、「大地」などと結びつくことから起こる、人間のサバイバルの問題や、原始的な欲望、エネルギー、生きる力を、スカーレットというひとりの女性の生き様をみることで、理解することができる。

それになにより、この女性の名前が「スカーレット」ということ!!

red

ちゃんと色名にあるんですけど!

偶然なのか、狙いなのか?
わからないけど色の勉強になるんじゃないかな?


そうやって観ていたら、4時間なんてあっという間でした。


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