« ミクロコスモス、マクロコスモス | Main | グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち »

終戦の日に思うこと

65年前の8月15日は終戦記念日

ここ数日、新聞やテレビなどの影響から
戦争について考えたり感じたりする機会が多く
特に戦争体験者の生々しい証言や、あまりにも惨たらしい現実には
想像しただけでも胸が押しつぶされそうになり、しばし言葉を失ってしまった

そんな中、8月15日の朝、テレビをつけたら
NHKで「週間こどもニュース」の終戦記念日特別番組をやっていた

戦争体験者であるお年寄りに
小学生がレポーターとしてインタビューしていた

淡々と話される女性のむごい現実を
小学生の女の子が神妙な面持ちで聞き入っていたり

疎開先を案内するはずだった男性が、実際にその場に立ったとき
様々な想いが込み上げてきて、涙で語れなくなってしまい
その方のそばで、男の子が何とも言えない表情をしていた

この図式にこそ、何か重要で大切な力強さを感じた

当時の出来事を美化するでもない、卑下するでもない
当時の現実を生きた、いわば生き証人であるお年寄りの話を
これからの時代を生きる子供達が実際に目の前で、じかに聴くということ

思い出すことも語ることも辛い方がほとんどだろう

わたしも短大時代のゼミ旅行で沖縄を訪れたとき
生き証人の方々のお話を伺うありがたい場面があったが
どの方も、途中で涙で言葉が詰まり、中には号泣されてしまう方もいらっしゃった

当時を知る人々は少なくなり、やがて誰もいなくなってしまう
あまりにも酷い追体験を、引き受けてくださり語ってくださる方の生の声
戦争を知らない世代は、今のうちに聴いておきたいことがたくさんある

*

ということで、朝からこころが動かされたわたしは
なんだかいてもたってもいられなくなり

この日に戦没者に手をあわせたく・・・

急遽予定を変更して・・・

気がついたら千鳥ヶ淵に来てますた

201008_002_small_3

きれいなピンクの蓮の花が! でも全然写真にとれてなーい


日が日なので覚悟はしていたが、靖国神社付近は物々しい雰囲気で
おびただしい機動隊の数と軍歌と万歳の声とパトカーの音と・・・
参列者も相当な人数いたようで、まるで初詣の時のように人数制限していた

わたしは・・・
靖国で手をあわせれば、父も祖母も喜ぶとはわかっていたけれど
国家とか戦犯とか思想とか・・・そういうことでなく
様々な形で戦争という時代の渦に巻き込まれた御霊に
こころ静かに合掌したかったので

今日は「千鳥ヶ淵戦没者墓苑」に行ってきた

201008_001_small_3

北の丸公園と千鳥ヶ淵の御堀を左手に、気持ちよい緑道を歩いていく

靖国の喧騒とはまるでちがう、静かな佇まいの墓苑で
体験者らしき方だけでなく、わりと若い世代の方も多く訪れていた

献花台のそばで、語り部のような方がお話されていたり
天皇陛下や総理大臣、政治家からの献花も

わざわざ訪れるような方々だからなのか、皆さんとても静かに、神妙に
墓苑内を巡っていらしたり、想いを馳せていらっしゃるようだった


この墓苑は、海外で亡くなられた軍人、軍属、一般邦人の戦没者のうち
遺骨が遺族の元に戻らなかった方々のための納骨堂

休憩所内には、今も続いている各国での遺骨収集作業の写真パネルや
遺骨と一緒に見つかった遺品、戦地から家族に宛てた手紙などの展示もあった


戦争についても、諸外国との関係についても
歴史や真実について、まだまだあまりにも知らないことが多い

あまりにも知らないことも問題だけど
あまりにも偏ることも問題だし・・・

人の数だけ意見や思いは違えど
まずは感情的になる前に、歴史や現実を知らないことには
自分の意見も出てこない
相手の意見も受け容れられない

容易に語れる問題ではないし、正誤だけで判断できることでもないけれど
いったん戦争の空気になってしまえば、今のように自由な発言もできずに
巨大な黒い渦に巻き込まれて、また何の生産性もない
悲惨な過去を繰り返すことになってしまう

それだけは避けなければ、と強く思う

*

父方の祖父はビルマで戦死したが、遺骨は未だに戻ってこない

母方の祖父は、満州で結核にかかったために日本に戻されたが
帰国後、亡くなるまで一度も戦場での出来事を話さなかったという

被爆者は心と体に深い傷を負い、子孫にも影響は残っていく


戦争は、始めてしまえば、終わらない


残した爪痕、代償を思うと
ほんとに終戦したのかな?とも思ってしまう

他の生き物たちにも、「人間ってバカでごめんね」 って
申し訳ない気持ちになる・・・

*

身近な小さなことに感謝すること、丁寧に生活することが
平和への祈りそのものだ・・・と、感じてはいるけれど

誰でも訪れることができて、純粋に平和を祈ることができる
無宗派の国立追悼施設を、日本にもつくってほしい


|

« ミクロコスモス、マクロコスモス | Main | グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち »

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)




TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/74675/49154495

Listed below are links to weblogs that reference 終戦の日に思うこと:

« ミクロコスモス、マクロコスモス | Main | グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち »