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February 2008

潜水服は蝶の夢を見る


映画「潜水服は蝶の夢を見る」を観てきた。


感じたことも、印象に残った場面も
セリフも表情も、思わずクスッとしちゃう場面も
しんみりとしてしまう場面も

色々あって、書きたいことがいっぱいあるんだけど
ありすぎて、書ききれなくて、何から書いていいかもわからなくて
結局・・・きりがないので最小限にとどめて書くことにした。


これは実話を基にした、「生」の物語。
ともすると暗く重くなる内容なのに、美しい映像とフランス映画特有のエスプリで
なんだかうっかりお洒落で軽やかで楽しい映画なんじゃないかと思ってしまう。

脳梗塞で左目以外の自由を奪われ絶望する、雑誌「ELLE」の元編集長。
ある時から「自分を憐れむのはやめた」と気持ちを切り替え
言語療法士との訓練で意思の疎通ができるようになり
まるで口笛を吹きながら、現状を受け止めているかのような主人公のジャン・ドゥ


それでも、最後の場面で現実に戻ってしまい、鳥肌が立った。


生きるということ
生かされているということ
根源から溢れ出るいのちの鼓動が尽きないかぎり
人は枯れることなく、世界を羽ばたき続ける


彼が20万回の瞬きをすることで単語を繋ぎ
言語療法士が書きとめ、たくさんの人々の手によって出版された
彼の自伝を、是非読んでみようと思う。

*

いい映画を観た。

それを受けて、自分がどう生きるか・・・
それが大事なんだ、と思った。
 

 

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ままならないこと


あたりまえのことだけど

そんなこと、わかっちゃいたけど


世の中は公平な部分もあるけど、不公平な部分もある
がんばった人が、必ず報われる・・・とは言い切れない


命がけで日々がんばっている人に
追い討ちをかけるようなことがどんどん起こっていく

これ以上「がんばって」なんて、とても言えない
かといって、気分転換をすすめられるような状況でもない
切羽つまった状態


何のチカラにもなれない自分の無力さに嫌気がさす
ひとりのチカラなんてたかが知れているとは言えど
何にもしてあげられないどころか、重荷になっているのでは
なんて思ったりしてしまう


生きていくために必要なもの

いっぱいある

地球の営みに必要な、自然や動物や、食べ物や人のぬくもりや
もちろん根底には、愛とか


けれど、お金が必要なことも、現実


今、本当に必要な人のところにお金がやってこない


物事には原因があるのだから、仕方のないこともあるのだろうけど


 
くやしい


なんかわからないけど・・・むなしい


理屈じゃなく、かなしいけど

じゃあどうしたらいいだろう?という意欲も湧いてきている

このまま終わってなるものか!・・・みたいな気持ち


今のわたしは、今できることをするしかないけど
 


とりあえず、笑ったり動いたりして、場を少しでも一掃できるようにしてみよう

 
*

↑全然意味がわからないっすよね、はは・・・


会社の昼休みに、つらつらとひとりごと
昨日から悶々としていたから、書いてみた
ちょっと重かったかな?


苺がやけに、うまかった^^
 

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もうじき春、なんすかね

 
今日は日中ポカポカ陽気だったのに
夕方から凄まじい強風に髪はグシャグシャになるし
寒くて早く家に帰ろうと思ったら、風の影響で電車のダイヤは乱れるし。


街で歩いている人々が口々に

「春一番らしいよ」
「春一番だよね」

と話しているのが聞こえるたびに


「元気ですかぁーー!!!」

というアゴのしゃくれたあの方の顔と
テーマソングが頭に流れ出して、困った。


最近、「春一番」見ないなぁ。

アントキの猪木はよく見るけど。
 

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耳が・・じわ〜ん・・・

 
職場の近くにある、なんてことない床屋さん。

普段、気にも留めずに通り過ぎていたんだけど
今日の昼休み、ふと窓際の看板に目が留まった。

「耳そうじ はじめました」

*

耳の外側も内側も丁寧におそうじしてくれるらしい。
最後にアロマクリームで耳をマッサージしてくれるらしい。

*

興味深々だけど、床屋はなんとなく気がひけるし
外側から中の様子は見えないしなぁ


なんて思った2秒後には床屋のドアを開けていたわたし。
(直感にひっかかったことには躊躇しないのだ)


数人いたスタッフも感じがよかったし、ちらっと見ると中もとってもキレイ。


ということで、帰りに早速寄ってみた。


床屋なんて、もしかしたら小学生以来かも。


でも、そのお店は昔ながらの床屋さんとはちょっと違う感じ。

シンプルで清潔感のある店内には、さり気なく花が飾ってあって
男性スタッフも女性スタッフも若くて清潔感があり、生き生きしている。
リクライニングシートも高級感があってゆったり。
耳そうじに来て20分くらいしかいないお客のために、お茶もだしてくれたよ。


耳そうじは、最初に電動カミソリみたいなもので
耳周りや複雑な窪み、内側まで丁寧に産毛を剃ってくれて
耳かきで丁寧に奥まで掃除してくれて
なんかフワフワしたもので耳周辺を拭いてくれて
最後にアロマクリームで丁寧にマッサージしてくれた。

あっ、最初と最後に熱い蒸しタオルで耳を包んでくれた。
これ気持ちよかったなぁ・・・( ̄▽ ̄)

おそらく最後は口開けて寝てたような気がする・・・


耳ってツボが集中しているし、気持ちいいんだよね・・・


自分でアロママッサージした後、手に残ったオイルで耳をマッサージすると
ほんとにポカポカして気持ちいいんだよ。


それに、普段色んな情報が耳から入ってくるし
耳って思っている以上に、相当疲れているんだと思う。

聞きたいことも、聞きたくないことも、キャッチしているふたつの耳。


いつもいつも、ありがとう。 おつかれさま。


敢えて耳だけマッサージって初めてだけど
きれいにお掃除してもらったせいなのか
耳がスースーして風通しが良くなった気がする。
じわんとほぐれて、かなり疲れがとれたようだよ。

*

家の近所の床屋にはないラグジュアリー感。
やっぱり都会はちがうなー

顔剃りやフェイシャル、ネイルにヘッドスパもあるらしいし
エステに行くより気軽でリーズナブルだし
また帰りに寄っちゃいそうだわ。


それにしても、床屋のイメージ変わりました。
新しいこと取り入れたり、みんながんばってるんだなぁ・・・
 

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やっぱり絵本が好き

 
先週のことだけど、絵本原画展に行ってきた。
イギリスの絵本作家、ジョン・バーニンガムの絵本原画。


いつも思うけど、絵本は原画を見ると、いろいろ発見があっておもしろい。

印刷製本されている状態ではわからないけれど
原画は厚紙が張り重ねてあったり、後から付け足して描いた跡があったり
隅々まで見過ごせないような細かいイラストやストーリーを見つけられたり
ユーモアがいっぱい。

色も美しいし、構図もモチーフも表情も・・・
どの作品も微笑まずにはいられないものばかり!
つくづく・・・素敵な絵本作家さんだわん。


美術館で洋画や日本画の展覧会にもちょこちょこ行ったりするけど
絵本の展覧会は、自分の中のドキドキワクワクが刺激されて
こころから伸び伸びと楽しくなっちゃう。


絵本原画は切り絵や貼り絵、引っかき絵、コラージュ、マンガ、刺繍に版画・・・
色んな要素が詰まっていて、ルールに縛られず、とっても自由。

切り絵とか、引っかき絵とかって
子供の頃にわたし自身が夢中で楽しんでいたことばかり。

飛び出す絵本とか、もぅ大好きで
厚紙がちぎれて壊れちゃっても
セロテープを貼って飽きずに楽しんでいたっけ・・・

*

観ている間、なにやら頭の中で何度もイルカが飛び跳ねていた。

自由で伸び伸び、楽しんでいる作り手の思いが伝わってくる。


まさにイルカのスピリット。

オーラソーマシステムのカラーで言うと、ターコイズ。

それでいて真髄をシンプルに表現しているような絵本に、やっぱり惹かれる。


会場でわたしったら、終始顔面の筋肉ゆるんじゃって、ずーっと笑顔(⌒▽⌒)

あんなに終始笑顔の展覧会って珍しいかも・・・(しかもひとりだったのに。こわ!)


正直言って、絵本でも
子供やおかあさんに媚を売ったような
売るための本みたいなものもあると思うけど

この展覧会はこころから行ってよかったなー。


絵本原画、どれも素晴らしい芸術作品。

決してこどもだましの本じゃない。
親と子のぬくもりを育んだり、想像力を育てたり。

絵本原画は鑑賞するだけでも素晴らしいものがいっぱいあると思うけど
絵本は成長期の中で繰り返し読んだり、読んでもらったりするうちに
自分だけの思い出が詰まった一冊ができあがっていく。

大人になってからページをめくっても、五感とハートに何かが響く。

そんなところも絵本の魅力。
生活芸術って感じなのかな。


絵画の展覧会も好きだけど
絵本の展覧会は、わたしにとって、より強い思い入れがある。

自分らしさを取り戻せた、ふんわり至福の時間でした。

*

関係ないけど、バーニンガムの奥様が
絵本作家のヘレン・オクセンバリーだってこと
今回初めて知りました。
 
*

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念願叶いました(T▽T)

 
えーん、えーん・・・
まだ興奮冷めらやないんだけど・・・


聖路加国際病院の理事長・名誉院長で
現役医師でもある日野原重明さんに


突然お会いできましたぁぁーーーー!!!(T▽T)


*


もう何年も前からお会いしたいと思い、憧れていて
今一番会いたい人のひとりでもあったのだけど
ご多忙な方だし、96歳というご高齢ということもあり

会えるチャンスはあるのだろうか・・・
でも絶対生きている間に、実際にお会いしたい!と思い続けていた。

何度かブログでも書いたけど
かつて、聖路加国際病院の隣りの聖路加タワーで働いていて
病院に行き来したり、毎日敷地を横切ったりしていて
日野原先生のことは憧れていた。
去年はボランティアの関係で、聖路加国際病院のシンポジウムに
参加したりもしたのだった。


つい先日も、

「生きている間に、どうすれば日野原先生に会えるんだろう・・・」

なんて思って講演会を検索するも、締切直後だったりして。


ちょうど母親との会話でも
「どうすれば会えるんだろう」
なんて話していた矢先だった。


そしたら!!


今日、少し残業した後、銀座方面に寄り道する予定が
間違えて東京駅方面に歩いてしまっていた。

しかも、いつもはめったに通らない通りを選んで歩いていたようで
気がつけば八重洲ブックセンターの前に出た。

「へぇ、けっこう待ち合わせに使う人もいるんだわぁ・・・」

なんて本屋に目をやっていると、ふと


「日野原重明先生のサイン会は、あと10分で終了となります。
 ご希望の方は最新本をご購入の上・・・・」


なんて声が聴こえてきた!!!


思わず大声で「えぇっ!??!」と叫んでいたわたし。


そこからは自分でも驚くほどの瞬発力と猛スピードで
周りを押しのける勢いで「本くださいっ!!」といきなり買い
なぎ倒す勢いでサイン会場までドタバタと走り
興奮を抑えきれない状態で先生の前に座り
本にサインをもらいましたぁぁーーー(感涙)

念願叶う!!!

しかも、基本的に名前を入れてもらうのは禁止とのことで
本屋さんやお付きの方からもダメ、と言われたのに
おそらくわたしのただならぬ勢いと形相に「およよ」と思ったのか
日野原先生本人から

「あなた、名前は?」

と2回も聞かれ、特別にわたしの名前を書いてくれましたー!(ふぇーん;)


握手したときの先生の手は
厚くやわらかく、ふわふわで優しくて温かかったっすー!(落ち着け;)


自分だけ時間を独占するわけにもいかなかったので
「ずっとずっとお会いしたかったんです」 とか
「毎週朝日新聞のコラム読んでます」 とか
なーんにも言えなかったけど
もうホントに、願い続ければこんな偶然が巡ってくるのね・・・って
感激ひとしおでございました。


並んで写真も撮っちゃったもんね・・・(泣)


サイン会が終わった時も、先生は子供が「やったー♪」って喜ぶみたいに
両手を挙げてバンザイして、パーッと花が咲いたみたいな笑顔になって

失礼だけど、なんてかわいい人なんだろうと思って
許されるのなら抱きしめたかったっす(許されないだろ・・・)

勝手に写メを撮っている人にもいやな顔ひとつせず
その人が写しやすいように、しばらく静止していたりして・・・


あぁ、なんて素敵な偶然!


こんな間近で思いがけずお会いできた上に、手も握ることができて
講演会に行くよりよっぽど嬉しい出来事だった。


会社を出る時間が少しでもズレていたら
一本違う道を歩いていたら
こんな展開にはならなかった。
 


短い時間の間に、迷いなく突っ走った自分。
魂で動いたとしか思えない。


嬉しいな。


思い続けていれば、やっぱり叶うんだ・・・♪


*


ところで・・・そんなこんなで
自分が買った本のタイトルが何だかもわからなかったんだけど
「いま伝えたい大切なこと」という最新本だった。

ぱらぱらとめくってみただけでも、こころに響く言葉がいっぱい。


96歳の日野原先生が、今わたしたちに伝えたい大切なこと。

これから楽しみに読ませていただきます。
 

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虹色のリボン

虹色のリボン

リボンをもらった。
虹色に輝くリボン。

イギリスのデブオーラからやってきたよ。


グラデーションがとっても綺麗で
飽きずにずーっと眺めてた。

もう、嬉しくて嬉しくて。


たった一本のリボンが、こんなにもわたしをシアワセにしてくれる。


子供の頃に、飴の紙とかセロファンだとか変わった素材の紐とかを
大事に集めて小箱にしまっていたころの、キラキラした気持ち


そういうところ、今も変わっていないんだ。

 

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「いつか眠りにつく前に」

 
今よりもっと若いころは

「今までの人生に、後悔なんてしていない」

って、偉そうに口に出して言ったりしていた。


今となってみると、それっていうのは

悔いがないほど精一杯生きてきた、ということではなくて
過ぎたことを今さら悔やみたくないっていうこころの表れだったんだと思う。
失敗したことを、認めたくないっていうか。

*

先日、お友達に誘ってもらって
映画「いつか眠りにつく前に」の試写会に行ってきた。

淡々と進んでいくストーリー
原題「Evening」(夕暮れ)というタイトルのように
静かにいのちの終焉を迎えるひとりの女性と、とりまく人々。


今まさに人生の最期を迎えようとしている老婦人が
夢と現実の意識の狭間で、何度も口にする言葉は
娘たちも聞いたことがない、ある男性の名前。
過ぎていった遠い過去の、苦い記憶。


人は人生の最期に何を、誰を思うのだろう。


これでよかったんだろうか
あの人にもっと優しくしてあげればよかった
あの時違う選択をしていれば・・・


過ぎていった遠い過去は、決して時間によって消え去るわけではなくて
むしろ最期に鮮やかに蘇ってくるのかもしれない。


そんな最期を迎えている母のそばで、娘たちもまた
自分の人生を見つめ直し、生きることを信じようとする。
新たないのちと、消えゆくいのちが交錯する。

生きているということは、まわりのすべてに影響されていて
自分もまた、まわりのすべてに影響をあたえている。

そんなことを思った。
 


 「幸せになろうとして努力してね
        人生に過ちなんてないのよ」
 


迷いの中にいる娘に、母が遺した言葉。


過ちは、自分が過ちだと認めない限り
自分にとっては真実だ。

何を過ちだと感じるかは、自分のこころが決めること。


人生の最期に、わたしは何を思うのだろう。

口にする言葉は・・・こころに残る風景は・・・
手を握っていたい人は誰なんだろう・・・

 
 
過ぎたことは変えられないし、変える気もない。
すべてが今のわたしに繋がっている。
ただ、かつての「後悔なんてしていない」
と言い切れた若い自分とはまた違うかな。


「あの頃はよかった」「あの頃に戻りたい」
という意味の後悔ではなくて
「もっと違う言い方ができたんじゃないか」とか
「もっと親切にできたのに、だめだなぁ自分」とか


綺麗でまっとうに生きてこれてはいない自分だけど
過ちか真実かは、最期の時までわからないのかな・・・


・・・ちょっと話が逸れちゃった ^^;

 

今はただ、迷い悔やみながらも、歩き続ける。
 

 

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今日は雪じゃ

目の前にビーズやフェルトを広げていたので

ちょいと遊んでみましたの。

今日は雪じゃ


て、手が冷たっっ!!

 

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不思議なことに

 
ぶっちゃけますが。


数ヶ月、生理が来ていませんでした。


けっこう正確な方だったのに、不安定になりはじめたのは一昨年ごろから。
婦人科にも行ってみたけど
ストレスによるホルモンバランスの乱れだろう、とのことで
とりあえず様子を見ていたのです。

そして、ここ一ヶ月ぐらいエネルギーがとぐろを巻いて暴れていたんだけど・・・


先日の日記でも書いたように

1月の終わりに自分の毒に気がついて
2月はその毒を手放していきたい、と思っていたのです。


そうしたら

2月1日に、生理がきた。

自分の中に留まっていた古い毒が、自分の元から離れていった。
生理って、解毒であり浄化でもある。

自分を客観的に見て、宣言したら、体も同じことをしはじめた。


・・・体が先なのかな?


やっぱりすべては繋がっているんだ。
 

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