« April 2007 | Main | June 2007 »

May 2007

うなされマンボ

いちにちじゅう同じ曲が頭に流れるのって、よくあること。

今日は朝からこの曲ひとすじ。

「右から来たものを左へ受け流すの歌」

きっと陣内・紀香の披露宴で歌った替え歌が影響しているのだ。
朝から爆笑っすよ。

もう歩いていても、座っていても、何をしていても

「♪左へ受け流すぅ~♪」

のメロディーが頭から離れない。
ほんとにうなされそうだったよ。
そしていつの間にか口ずさみ、にやけちゃって、もう大変。


ムーディー勝山っぽい人、けっこう身近にいるのよね。ふふふ・・・


| | Comments (2) | TrackBack (0)

出遅れたぁ~

今日から発売って覚えていたんだけど
仕事中はチェックできんかったんだよぅ。
やはりだめだったよ。
お目当ての柄はすべて完売だったよ。

残念だどーん。

| | Comments (2) | TrackBack (0)

ババアと掃除とオークション

今朝、目が覚めたら、隣に本が転がっていた。
背中でメガネを下敷きにしていた。
部屋の電気は点けっぱなし。


夕べ読もうと思ってそのまま寝ちゃったんだぁ~・・・( ̄▽ ̄;

ババアと掃除とオークション

よしもとばななの「アルゼンチンババア」


以前、文庫本であっという間に読み終わったんだけど
このお話は、装丁がコラージュのように素敵な新書版のほうが
きっといいような気がして、Amazonで買っておいたもの。


起きたとたんに、ベットでごろごろしながら読み始め、そしてまたあっという間に読み終えた。
爽やかな晴れた空。
窓から入る風がそよそよと気持ちよかった。

同じ物語なのに、通勤電車で文字だけの文庫本を読んだときとは違う味わいがあった。

ひとつひとつの言葉もキラキラしていて
装丁も瞬間を切り張りしたパッチワークみたいで
物語に色や音や空気を感じる。
ひとつひとつに寄り道しながらページをめくる感じが
生きることに似ているな。


「寿命とは、長さではなく、
 寿命という大きな空間の中に
 瞬間瞬間の自分を投げ入れること。」


昨日の新聞の言葉を思い出した。

そっか。
続いているんじゃなくて、細切れなんだ。
だから、一瞬が永遠になることも可能なんだ。


朝からぼんやりとそんなことを考えてみる。


この本は、右側に日本語、左側には英語訳で書かれているので
英語の勉強にもなるんじゃない?と思ったのは、今日の発見。

今まで逃げ回っていた英語の勉強に
少しずつでも取り組んでみよう、と思っているところなのだ。

* * * * * * *

気持ちよく晴れていて、外へ出たくてむずむずしていたんだけど
今日はちょっと我慢して、洋服の整理と片付けと
仕上げなければならない書類をまとめることにする。

ある程度やって、とりあえず休憩。
気分転換にこうしてブログを書いている。

* * * * * * * 

ここ数日、立て続けにオークションで落札してしまった。
ひとつは自分にとっては高価なもので、予定外のもの。
でも、制限時間間際にたまたま見つけ、知人のアドバイスを受けながら土壇場でわたしが落札してしまった。
まだ届いていないけど、こうなったらガンガン使い倒すぞ♪

先日届いた品物も、予想以上に状態の良い物で
しかも、出品者が家からとても近い方だった!
こんなことってあるのねー。


いずれ自分も出品してみようかな。
新品未使用物がけっこうあるのよね。


だけど、性格的には青空フリマが大好きなのだ。
愛しいものたちが目の前で売れていく感覚とか、人とのやりとりとか。
ライブなんだよね。

やっぱりあたしはアナログ人間なのでしたw


 

| | Comments (0) | TrackBack (0)

アイ・アム

今度の相手は即決でした。

アイ・アム

オーラソーマのボトルB40 「アイ・アム」

先日、ヒーラーとお話している間に、既に頭の中では

「アイ・アム使おう。アイ・アム注文しなきゃ。」

と思っていた。


* * * * * *

どこにでも馴染み易く、重宝がられるけど
もっと「自分はどうしたいか」「自分は、自分は」
って強く主張しなくちゃ。
それがないと、流されつづけて
どこに辿り着くのかわからないから
気がつけばどこにいるのかわからなくなって
どんどん不安になってしまうよ。
第3チャクラが極端に弱いのも、イエローのエリアの
「自我」が置いてきぼりになっているから・・・

* * * * * *


なんて会話をしながら、ボンと浮かんできたB40

そんなわけで、大好きなターコイズのメッセージ 「Who am I ?」ではなくて、
今回は、この「I am」なのだ。


そういえば、オーラの状態を見てもらった時、
第4チャクラから第7チャクラまではとてもいい状態で
上からのメッセージも来てるし、それをうまくキャッチできている状態だったそうだ。
で、第3が滞り気味で、第1も空回りはしていないんだけど
第3の「自分は、自分が」っていうパワーが回っていないせいか
せっかくの行動力が行くべき方向に行けてなかったらしい。


おもしろいことに、そんな中で挟まれている第2チャクラが
なかなかいい状態だったらしい。
前日に、ずっと滞っていた生理がいきなり来たせいなのか?
確かに第2チャクラにまつわる出来事や考え事のせいか
身体もこころも滞り気味だったんだけど
ある意味爆発したなぁ~、って思ったとたん、生理が来た。
そしたら全身に気が巡っているような感覚があった。


滞ってちゃいけまへんな。
ほんとの意味で流れるために
足と地べたを意識してみます。


| | Comments (0) | TrackBack (4)

週末、上野公園にて

今の職場に行き始めてから、初めてお休みをいただいた。

ちょうど疲れも溜まっていたし、周りの人からも
「ずっとがんばってるから、ゆっくり休みなよ」と言われていた。
この際、休んで仕事が溜まったら・・・なんてことは考えない。
なんとかなるさ。

かといって、貧乏性なわたし。
平日のよく晴れた青空を見ていたら、
のんびり家にいるのがもったいなくなってしまったので
急いでシャワーを浴び、服を着替えて
上野公園まで行ってきた。


お目当ての美術館、博物館に辿り着く前に、
上野東照宮をふらついてみたり、パンダ焼きを試食したり、動物園から出てくる幼稚園の団体さんをぼんやり見ながらほのぼのとしたりしてみる。

奏楽堂の前を通ったら、「本日は入館無料です」 との看板が。

えっ、タダ?なんで???


そう、知らなかったんだけど、5月18日って「国際博物館の日」なんだって!
それでこの日は、博物館や美術館の入館料がタダ、というところがいくつもあったのだ。
(主に常設展のみ。でもすごいよね!)
他にも先着順にプレゼントがあったり、特別映画上映があったり
いろいろと企画があったのよねん。
たまたま来たのにラッキーだ♪

現在の東京藝術大学音楽部の前身にあたる、奏楽堂。
日本最古の洋式音楽ホールとして、重要文化財に指定されている。
天井や手すりひとつにしても、扉に塗られたペンキの色にしても
現代の建築物にはないような味わいが感じられて、かえって新鮮。

かつて、日本を代表する音楽家たちが、この舞台を踏んだんだな、
と思うと、厳かな気持ちになる。
建物の中の空間に、当時の人々の夢や熱気が残っていそうで
なんとなく空間を味わいながら、ぐるりと巡る。


それから、是非行きたかった「東京藝術大学大学美術館」へ。


「パリへ - 洋画家たち百年の夢」


東京藝術大学創立120周年記念の展覧会。
新しい表現と夢を求めてパリへ渡った作家たちの作品展。
東京藝大の設立や、後進の育成に力を注いだ画家や、
東京藝大を卒業したのち、現在もパリで活躍している人々の作品など。

黒田清輝、佐伯祐三、浅井忠、藤島武二、梅原龍三郎、安井曾太郎、林武、藤田嗣治などなど・・・

魅力的な作品の数々には、異国の色を感じさせるものが多くあった。
画家がどんな思いでパリに渡り、パリに惹かれ、挑戦や葛藤を繰り返し、ひとりの人間として描き生きてきたのか、ということに思いを馳せて味わってみる。

過去を生きた様々な人によって風穴は開けられるんだよなぁ。
ひとりひとりの生って、後世にどれだけの波紋を残すんだろうか。
本人はそんなつもりなかったかもしれないけど、やっぱりすごいや。

ゆっくり味わいながら観ていたので、なかなか出口まで辿り着かず、
いざ出口が近づくと、見納めるのがもったいなくて、また逆走して気に入った絵の前まで戻ったりしてみた。

ただ、後半の現代アートの展示がイマイチわかりづらかったかな。
配置をちょっと工夫すれば、ひとつひとつの作品がもっと生きた気がするんだけど(生意気!)


とにもかくにも、いいものに触れるのは、やっぱりいい。

あ~、今日来れてよかった。見逃さないでよかった!

と、満足しながら、次なるターゲットは「国立東京博物館」

以前から「とりあえず行っとかなくちゃ!」と思ったのは、
おなじみレオナルド・ダ・ヴィンチの絵画「受胎告知」を観たいから。

以前、同じ会場で開催された「北斎展」が笑っちゃうほどの大混雑だったから
相当な混雑を覚悟していったのに、拍子抜けするほどスムーズに入場できた。

でも、例の「受胎告知」会場内では物々しい警備体制。
手荷物検査を終えて、薄暗い会場に入ると、すでに絵の前に行列が。


そして、わたしは自分でも意外だったんだけど
予想していたよりも、あまり感動しなかった。

確かに隅々まで細かく描かれている様は「すごい」と思ったし
なんとも言えない存在感は感じたんだけど、こころは波立たなかった。


この絵を観る前に、既に感動の作品群と対面していたせいか
どこかで比較してしまったのか・・・
いや、求めていたものであれば、それなりに感動するんだろうけど。


その時のわたしはそれよりも
警備員がいっぱいいる感じとか
たくさんの人がそれぞれに会話をしながら行列の中にいる感じとか
なかなか進まない列や立ち止まる人やらの入り組んだ感じとか
なんかそういうセッティングされた感、野次馬的な自分、みたいなものを
客観的に観てしまったようで、すでにおなかいっぱいになってしまった。

前評判とか、ネームバリューとかで
自分で勝手に盛り上がりすぎたのかも。

作品に向き合うというよりも、周りに焦点を当てていたみたい。

もしかしたら、まったく同じ絵を、旅先のとあるスペースで
何気なく観た時のほうが、思いがけない感動を呼ぶのかもしれない。
もしくは違う時に出会うと、違う感慨が湧くのかもしれない。

・・・今、書いていて思ったけど、
感動しなくちゃいけないわけじゃないから、別にいいのか(^^;


ただ、この受胎告知はわたしの好きな大天使ガブリエルが描かれているし
先日ヒーリングを受けたときに、ヒーラーが

「今、マリア様がサポートについているよ。」

と言っていたのを思い出した。
そして、皆に崇められているマリア様が、子供を産み育てたということが
今回のわたしのヒーリングにとってのメッセージになっていると。
そう思うと、少し違った気持ちで鑑賞することができた。

絵画に込められたレオナルドの技や秘密を解き明かすのは
魅力でもあるんだろうけど、今のわたしにとっては、
そういうトリックや理論はいいや、という感じだったんだと思う。
それよりハートにズキュンとくる何かを求めていたのかもしれない。

ただ、天使の羽が夢のような羽衣のようなものではなくて
リアルな鳥の羽のようだったりするのが強く印象に残った。


第二会場は、ダ・ヴィンチが残した作品展、というよりも
ダ・ヴィンチの天文学、物理学、解剖学、建築学などの
多彩な才能と研究の数々を紹介するという、体験型構成になっていた。

そっか、だから美術館じゃなくて、博物館なのか?
なんだか観光地にある「トリックアート美術館」を思い出した。
(比較するなって?・・・ごめんねダ・ヴィンチさん)

求めていた展覧会とは違ったけど、「へーなるほど」と思う発見もいろいろ。
やっぱりすごい人だよ。
頭の中はどうなっているんだろか。

人間も含めた、自然界の法則を物理学的に紐解いたり、関心することがいろいろあった。
この人は生きている間に、何を見ても疑問が湧いたり、それについて研究して発見して・・・を繰り返していたんだろうな。
宇宙の中に人間を見たり、人間の中に宇宙を見つけたり。
年表を見ると、生きていく上でなかなか順調に進まない時期もあったりしたようで
それゆえこれだけの研究や発見を生み出せたんじゃないかしら?なんて思ったりもした。

そして、彼なりの研究と確信に基づいた言葉

「魂は頭蓋骨の一点に宿る」

という言葉が気になって、思わず書き記した。


もうひとつ、彼の印象的な言葉があった。
彼は絵画について、こう語っている。

* * * * * * * 

「絵画とは、あらゆる学術の中で最上位に位置する。
 遠近法という数学的原理に則り、経験という実証を踏まえ、
 普遍的な知識の上に成り立っている。
 目で見たものを、手を使って描く。
 目を介して自然の物事が精神に繋ぎとめられ、
 手を用いて精神が描かれる、という
 ふたつのプロセスを経て絵画は完成する。
 絵画とは、精神の記述。
 それゆえ、絵画は自然界のあらゆるかたちを
 完全に模倣できるだけでなく、
 自然界には存在し得ない形態をも生み出すことが可能なのだ。」

* * * * * * * 

この言葉、感動した。
彼にとっての絵画論だけど、
ここまで完全に言葉で表現できるとは。
言い回しは難しいけど、言っていることってすごい。
目に映るものは、その人の精神を映す。
人は、目に映るものを見たいように見ている。

目を介して、内的世界を手で紡ぎ出す。
確かに神の仕事みたいだな。


それにしても、表現がこの人を物語っているなぁ、と思った。
「数学的原理」とか、「経験という実証」とか。

何より「なるほどなぁ!」と思ったのは、
ダ・ヴィンチは、絵画を「芸術」ではなくて、「学術」と表現しているところ。

わたしは絵は芸術であって、学術だと思ったことはなかった。
どちらが正しいということではなくて、これは彼なりの理論。
目からウロコだった。
感情だけでなく、でも感情でさえも物理的数学的に研究して発表している。
自分の中にはない世界観だけど、だからこそ興味も湧くってもんだ。

この人、未来からやってきた人なんじゃないか?

そんな思いを抱きながら、博物館を後にした。


その後も、入館無料だったので、国立科学博物館にも立ち寄って
気づけば終日上野公園内で過ごしていた。

お休みとってよかったわん♪

 


| | Comments (2) | TrackBack (1)

朝からハイテンション

昨日の激しい雨風で清められた空が青い!

空気が澄んでて清々しい!

ベランダからは、今にも手が届きそうなほどに
くっきりとした山肌の富士山が見える!


布団干したぜ!あー、いい気持ち♪

| | Comments (0) | TrackBack (0)

フランチェスカ

本日のエンジェルカード

フランチェスカ

* * * * * *

次に待ち受けていることは何?
と、あなたは神と天使に問いかけましたね。
しかし私たちは、
あなたが自分自身で決断するのを待っています!
最近のあなたは壁に直面し前へと進めないような気がしています。
「間違った決断」をしてしまうのではないかという不安が
あなたを行き詰まらせている原因です。
私たちは、あなたが決断をするための
お手伝いをすることはできますが、
最終的にあなたの人生はあなたが決めるのです。
これからのあなたの人生は、
まだ知らない可能性がたくさんあります。

望みは、人生というキャンバスの上に描かれる絵と同じです。
芸術家が絵を描くときと同じように、テーマを決め、
背景を考え、何を描くかを決めなければなりません。
時間を設け、瞑想やお祈りをして、この重要な問題について
ゆっくり色々な角度から考えて
自分の基準というものを作り出しましょう。

でも、あなたが決断しなければ、今と同じ状態が続くだけだ
ということを覚えておいてください。

* * * * * *

先日、ヒーラーのところで聞いた話、受け取ったメッセージと
びっくりするほど繋がっている。

* * * * * *

アファメーションではなくて、もっと具体的に
フィナンシャルプランナーのように
自分の人生設計のプランを立てなさい。
自分をプロデュースしなさい。

それには、常にシングルシートに乗っている
自分でハンドルを握っている
自分で漕いでいる必要がある。

誰かの車に乗っている
誰かのバスに乗っている
行き先のわからない電車に乗っている
だから人に左右される
先が不安で動じてしまう。

プラン通りにいかなくたっていいんだ。
人生はいつでもプログラミング修正可能なんだから。

* * * * * *

2時間に及ぶセッションのうちのほんの1コマ

ヒーラーの彼女曰く、
去年の2月にヒーリングを受けたころから現在の間に
わたしのテーマが大きく変わってきたんだろう、とのこと。
(わたしのハイヤーセルフも何度も言っていたらしい)

思えば、10年ぐらい前に大きなきっかけがあって
目には見えないこころのことや、理屈では片付けられない事柄や
不思議なちからについて、どんどん探求意欲が湧いてきて
それまでのわたしとはまるで違う方向に進み出した。
そんなまだ見ぬ自分に出会えて嬉しかったし
セミナーや学校のためにお金を貯めたり通ったり・・・なんてことは
それまでには考えられないことだった。

ハイヤーセルフが言うには
そんなレッスンが、だんだんと次のテーマにシフトしてきたらしい。
スピリチュアリティの学びに終わりはないけど
だいぶ知識の蓄えもできたし、とりあえず一段落ってところじゃない?
だって。

言われてみれば、そう思う。
今年に入ってから、去年とは違う「動」のテーマ。
現実的なテーマ。

「だからどうするの?」
「それで、どうしたいの?」
「ほんとうにしたいことは、なに?」

今のテーマには、スピリチュアルセミナーもいいけど、
より具体的な「女性起業塾」で現実的に検討する時期
と、わかりやすく表現してくれた。
それは本当に起業する、ということとは別の
何に対しても、具体的に生身の人間として
今後どうするか、ということ。


ヒーラー曰く、前回の天使ビジョンが見えたセッションの時は
言ってみれば

「1年生の3学期・卒業間近」

と表現していた。
スピリチュアルな事柄やこころのことを10年近くの間
体験と学びを通して、ある程度自分のものにしてきて
だからこそ、エーテルコードもほとんど刺さってなかったんだろう、とのこと。

今回は、新たな現実生活へシフトしてきた、いわゆる

「2年生の1学期・新たな課題」

の時期に突入したんだね、とのこと。
最初の違和感、不調和、摩擦の中で切磋琢磨している時期。

去年のすぴこんでも、選ぶカードがそんなことばかり書いてあった。
カードとか関係なく、自分の意識の中でも思い当たる。
ただ、これまでのパターンを変えたり、手放したりするには
強い因縁や歴史が絡んでいる課題もあったりするので
どうしたものか・・・とも思うんだけど、
ヒーラーに言われた言葉で、目からウロコが落ちることもあった。

思い込みを捨てて、世間がどうとかではなくて
自分の価値観で生きることができるかもしれない。


あ、それが「自分の人生をプロデュースすること」なのか。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

ヒーリング

ここ数日・・・いや、思えば予兆は以前からあったんだけど
渦に巻き込まれているような、混沌とした状況で
自分の足元がすくわれるような、何が自分の意思なのか
よくわからないと思いながら日々こなしていた。

その溜まったものがピークを迎えたのか、
突然思い立ったように、知人のヒーラーに連絡を入れて会ってきた。
提示された日時はまだ少し先だったけど、待てそうもなかった。
何だか「今」行かねば!と思ってしまった。
結局、最短で時間を作っていただけて、昨日会ってきた。


書きたいことがいっぱいある。
気づいたことがいっぱいある。
思い当たることもいっぱい指摘され、
最近のわたしの行動を見透かされたかのようなキーワードや
冷静で中立でストレートで分かり易い表現で
わたしのハイヤーセルフやご先祖様のメッセージを伝えてくれた。
以前と違って、たくさんのエーテルコードが刺さっていた。


仕事のことや、恋愛のことや、これまでとこれからの生き方のこと
家族が自分をどれほど心配しているか、なんてことも知らされて
本当にずしりとくるセッションだった。


去年の2月に受けたセッション
興味本位と体験がメインだったけど
今回は違った。
あの時のような、無邪気なものとは違った。

明らかに連れてこられたんだ、とわかった。

ノープランだった、これまでのわたしの人生。
流れに乗ることがいいことだ、と思っていた。
流れに乗っているのではなくて、流されているだけだった。
何かを選んで決めてきたつもりだったけど
良くも悪くも自分の人生を生きていなかった。
自分を確立していればこそ、流れに乗っていけるはずなのに。
わかっているつもりで、何にもわかっていなかった。


イマシタイコトハ ナンナノカ  
ホントニホシイモノハ ナンナノカ
ジブンニタリナイモノハ  ナンナノカ

ナニヲマナブタメニ  コンカイウマレテキテ  イマガアルノカ


大きな転換期であるということ。
自分の良い面、悪い面、魂グセ、打開方法について。
今のわたしにとって
これほどの的確なセッションはないと思うくらい。
核心を突きつけられた感じ。


そして、さらに磨きのかかった友人のセッション。
中立であり、的確であり、分かり易く、時に厳しく、
スピリチュアルと現実のバランスが取れていて、
根底に深い愛を持って行われる、彼女のセッション。

詳細は、しばらくしたら自分と向き合いながら書くかもしれないし
あえて書かないかもしれないし。
(実際、プライベートすぎて書くことができないこともあるんだけど)

自分にとって、とても大きな気づきと痛い部分と嬉しいメッセージと
今生のパターンを生み出している過去生の話など。


シェアリングしたい部分と、自分の内側で噛み締めたい部分がある。
自分が感動したからこそシェアリングしたい気もするし
あくまでも個人としての感動だからこそ、シェアリングしない方がいいような気もしている。

・・・といいつつ、そのうち大まかに書くかも。覚書として。


とにかく、わたし個人としては、本当に「今」行ってよかった。
知人でもあるそのヒーラーに、感謝している。


「第1チャクラと、とにかく第3チャクラが弱いよ。
 イエローのポマンダー使うといいよ。」

と言われたので、しばらくイエロー持ち歩いてみます。


| | Comments (2) | TrackBack (0)

まったり最終日

今日は前から予定があったんだけど
なんだかどーしても動く気になれず・・・
一日家におりました。


部屋をちょこちょこ片付けながら
j-waveを流しながら
ハーブティを飲んだり、ワインを飲んだり。
まったりモード。

外は雨降り。
そういう日に、こんな室内での過ごし方が贅沢に思える。

昨日は朝から青空の下で
布団を干し、靴をジャブジャブ洗い、洗濯し、花に水をあげて
露天風呂に入り、夜はお日様の匂いのする布団で眠った。


気がつけば、お天気に合わせた過ごし方をしていた。

でも、雨だからこそ傘を差して出かけたくなったり
晴れてる日に家でのんびりしたくなることもあるなぁ。


結局はこころの空模様も多大に関係あるのでした。


無理せず、したいことをできるのってしあわせだ。


束の間のGWだったけど、毎日楽しく過ごせてよかった。


明日からの通勤をちょっとでも楽しくするために
今晩のうちにお弁当用のカラフルなサラダを作っておこうっと。


| | Comments (0) | TrackBack (1)

チベットに触れる

文京区の護国寺で開かれている
「チベット スピリチュアルフェスティバル 2007」に行ってきた。

チベットに触れる

朝から素晴らしい晴天に恵まれて
新緑の境内を歩いているだけで心地いい。

お寺ということもあってか、穏やかで、清々しい空間。


薬師如来や観音菩薩のお顔を拝みつつ、
本堂の中では、チベットから来日された僧侶たちが輪になって
「砂曼荼羅」を制作していた。

これが見たかったのだ。


パンフレットによると、砂曼荼羅は

「ひと目見るだけで、悪業さえも
 清めることができると言われる砂曼荼羅」

と書いてある。

曼荼羅。仏が住む宇宙。
僧侶は、色とりどりの砂の一粒一粒に祈りを込めて制作している。
曼荼羅を制作することが、瞑想であり、修行であるという。
灌頂中(仏と縁を結ぶ、繋がる儀式)は拝観できないという。
最終日は砂曼荼羅を壊す。
すべては無常であり、すべては空である、ということ。
崩した砂は、最終日に分けてもらえるらしい。

その日は行けないだろうな・・・残念だわ。

でも、今日間に合ってよかった。


ただね、ちょっといやな場面が。
砂曼荼羅制作も、護国寺の本堂内も
プレス以外は写真撮影禁止だったのに
お坊さんや係員の目を盗んでは
必死に写真撮りまくってるオバサンがいたのよ。
なんだかチベット大好きみたいで
うんちくを周りの人に話しては、パシャパシャとフラッシュたいて。
周りの人にも「写真いいんですかね?」なんてやんわり言われても
許可とってるから・・・みたいなことをブツブツ言っていたんだけど
やっぱり何度も注意されていた。
それでもやめずに撮り続けていた。

かなり呆れてしまったよ・・・( ̄□ ̄;


ふむ。でも、観音エネルギーの本堂での出来事だから
こういうことにも慈悲の心で学べということか・・・と思ったりしてみた。


本堂には僧侶が何人かいらっしゃって
皆さんの質問に気さくに快く、しかも丁寧にお話してくださって
無料で素晴らしいレクチャーを受けた気分。
曼荼羅についてのこと、神々のこと、護国寺の歴史など。

昔、護国寺があった辺りは、薬草畑だったらしい。
その周りには湧き水が湧いていて、紙を梳いていたとか。
その流れから、出版会社が並んでいたとか。
この界隈に講談社や光文社があるのも頷ける。


そして、僧侶のお話を聞いていて、つくづく思った。
すべては繋がっている。
だからこそ、いがみ合うことがいかに愚かなことか。
他者を傷つけることは、結局は自分を傷つけること。

民族の違い、宗派の違いをも超えていくこと。

今回、チベット仏教の祭典を
真言宗の護国寺で開催されたということにも意味がある。
今回、護国寺で開催されることになったのも
あるハプニングからのご縁だということを聞いた。

縁なんだな、すべて。

5月3日の午前に、護国寺の本堂に集うというのも、何かの縁。
「今ここにいる」という感謝の念が湧いてきた。


五色のルンタ

ネパールを旅した時、チベット仏教の寺院でも
このルンタが青空の下、風に舞っていた。
魔よけと願いを込めた旗。
それぞれの色に、自然からの意味がある。
青は空、赤は火、黄は大地・・・というように。
旗にはそれぞれに絵や真言が書いてある。

にわか茶屋が出現。

初めて飲んだバター茶は・・・

不味からず、美味からず・・・(^へ^;

ふたくちみくちで満足っす。って感じでした。
寒い国の栄養源って感じなのかな。
まぁ何事も経験ですわ。


映画も無料上映していたので
3本も観てしまった。
このところ疲れ気味だったせいか、
暗い部屋で何度かうとうとしてしまったけどね。
チベットの無邪気な子供の笑顔に笑い、
命がけでインドに亡命する子供の泣き顔にほろっとし、
ダライラマのお顔とお言葉に、目も耳も全開で向き合った。


場内も込みすぎずに、のんびりと過ごすことができたし。
青空と新緑の下で、チベットに触れることができた。


いい時間を過ごせました。合掌(^人^)

| | Comments (0) | TrackBack (0)

« April 2007 | Main | June 2007 »