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April 2006

想像力を養う

「ナイロビの蜂」という映画が気になっている。

先日、予告編を観てから気になっていたのだが
先週の朝日新聞の夕刊に、その映画について語る江原啓之さんのコメントが載っていた。

その映画は大きな愛、大我の愛について考えさせられるらしい。
そして、想像力が必要だと。
想像力とは、言い換えればすなわち「愛」だと。

わたしも同じようなことをよく考えていた。

相手の痛みを我が事のように感じられること。
自分とはかけ離れた人の苦しみを想像できること。
相手の立場を思いやること。

それにはやっぱり想像力が必要なんだ。
想像力は思いやりにも繋がる。

そしてきっと、それができる人は相手との距離を知っている。
相手の痛みや苦しみを、全く同じようにはわかってあげられないもどかしさも知っている。


想像の種は、生活の中でも見つけられる。

例えば、目の前にあるペットボトルの緑茶。

それを生み出すには様々な人が関わって、生産者がいて企画者がいてデザイナーがいて仲介者がいて広告代理人がいて販売者がいて消費者がいて・・・
それを生み出すには莫大な資金と貴重な時間が費やされ・・・
そのペットボトルは再利用すればまた還元され・・・などなど。
きりがなく想像できる。

それにペットボトルって、それぞれデザインが違っておもしろい。
裏返せばダイヤモンドカットみたいだったり、渦巻きだったりして。
これをゼリー型にしたり、キャンドルを作ったりできそうだな。

商品に合ったコンセプトでデザインされているんだろうな。
いっぱい会議とかしたんだろうな・・・徹夜して生み出したのかも?
なんて思ったりしてみる。

ペットボトルひとつでも、いろんな背景が見えてくる。


江原さん曰く、「想像力とは鍛えなければ衰えるもの」とのこと。
映画や小説、お芝居などに触れて、疑似体験すること。
確かに、ひとりの一回の人生体験は限られたものだからね。


想像力すなわち愛。

そして、思った。

「創造力」も、愛だな、と。

自分の創り出すモノ、行う行為、紡ぎ出すコトバ
すべて自分そのものだ。
愛を表現することなんだ。


イギリスとアフリカ・ケニアを舞台にした深い映画のようです。
また時間を見つけて観に行こうっと(レディースデーにね♪)


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かなりきてます・・・

オイラ、やばいよ。
うん、やばいと思う。

確かに最近疲れていたさ。
細々した用事が続いていて
時間や曜日の感覚鈍っていたさ。

でもさ、深夜に帰宅してから
伸びていた爪を切りながら
知らないうちに眠っていたんだよね・・・

ほんとに途中から記憶がないんだよ。
しかも、ちゃんと下にはティッシュをひいたと思っていたら
なんにもひいていなかったのさ。
だから切った爪が思い切り床に散乱しているし
寝ぼけながら切っていたのか、なんかガタガタになっているし。
ちゃんとヤスリかけていなかったから、触ると痛いし。

左手の小指の爪を切り忘れてて、一本だけ長いままだった。
そういや小指だけ爪伸ばしてる人っていたなぁ・・・
会社でキーボード打ちながら
自分の爪を見て情けなくなってしもたよ。


とにかく・・・
いくら眠いにしても、酔っ払ってもいなかったのに
こんな有様。

軽くどころか、かなりヤバイよ。
爪きり持ったまま寝ちゃうなんて。
しかも切り方ガタガタで、
ティッシュもひかずに切ってたなんて。

ちょっとね、自分に喝を入れんとな。

頭と心と体のバランスがちぐはぐで
地に足がついていないかも。

レッドのポマンダーでグラウンディングして
これから渋谷に出かけます・・・とほほ。

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届いた!

昨日の朝、駅に向かって歩きながら、ふと思った。

「そういえば・・・レベル3の修了証って、いつ届くんだろう?」

そして夜になって家に帰ったら、修了証が届いていた。

なんてタイムリーな!

そして今日、会社から帰ってきたら、今度は注文していたボトルたちが届いていた。

うひゃひゃ!予定より早く届いた!

買ったボトルは、とりあえず3本。

今年の初夢に出てきたボトル、B83「オープン・セサミ」
大天使の中でも特にお気に入り、B95「大天使ガブリエル」
わたしの今年のイヤーズボトル、B19「物質界に生きる」

やっぱり新しいボトルは色がキレイだなぁ~・・・
光に翳してうっとりしちゃった。
それに、50mlは迫力がある。
水の揺らぎを見ていると色んなイメージが広がってくる。

「オープン・セサミ」は、初夢で見た強烈な色の印象を忘れないように・・・と思って購入。
自分の内側にも外側にもオープンであること、直感を信じることを忘れないように。
「物質界に生きる」は、今からだに塗りたくて購入。
テーマも今年のわたしに合っているしね。
「大天使ガブリエル」は以前から好きで、手元に置いておきたいと思って買った。
見ているだけでニコニコしてしまう。

でも、いざ現物を見てみたら、ガブリエルも今塗りたくなってきた・・・んー、どうすっかなぁ???
左手で持ってみて、直感で塗りたい方のボトルの蓋を開けようかな(左手は右脳=直感に繋がっている)。

あとは、B43の「クリエイティビティ」のペンダントも購入。
ターコイズのペンダント。
B62の「マハコハン」(ペールターコイズ)と迷ったんだけど
とりあえず縁の深いB43を選んでみた。

それにクイントエッセンスの「オリオン&アンジェリカ」
時差ボケにもいいとのこと。
近々旅行に行くから持って行こうっと。


************

オーラソーマのレベル3修了証と一緒に、先生からのメッセージが同封されていた。
プラクティショナーとしての心得と、カウンセリングの重要さについて触れていた。
クライアントの魂を尊重して、癒して自分らしく責任をもって生きていくためのお手伝いをするということ。

それには、わたしがわたしらしく生きていくことが大事なんだ。

昔、カウンセリングのショートプログラムに参加したことがあり、衝撃を受けた。
自分自身もカウンセリングを受けて劇的に復活したりしたので、こころのメカニズムに触れることはわたしにとって謎解きのようで楽しくて仕方なかった。
そんな過程で出会ったもののひとつがオーラソーマだったので、わたしにとってやはりオーラソーマはコンサルテーション、カウンセリング、人と人とが接していくということに大きな意味を感じてしまう。

これからもわたしは様々な出来事に出会い、笑ったり泣いたりするだろう。
そんな日々のひとつひとつが、直接オーラソーマとは関わりのないことすべてが、わたしにとってのオーラソーマを生きることに繋がるのだと思う。

オーラソーマだけではなく、様々な事に出会いながら、わたしにとってのオーラソーマが深まっていくんだ。

ボトルはパワフルで素晴らしい。
でも、ボトルがない場面でも、色の神秘を、オーラソーマの真髄を伝えられるプラクティショナーでありたい。

まだまだスタートラインに立とうとしている状態だけど、

右脳と左脳、両方活かして楽しんでいく所存です♪

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今週もおつかれさま

一週間、なんだか疲れていたようで

仕事帰りにトップスのチョコレートケーキ買っちゃいました。

なんだかやけに甘~いものが食べたくてさ。
しかも丸ごとひとりで食べちゃうなんて、なんて贅沢なの!

疲れていると言っても精神的にではなくて、
日々ばたばたと予定があったり人に会ったりして帰宅が真夜中だったから。
どれも自分にとっては実りのある予定だからありがたいんだけど、
日々があっという間で気づけば4月も後半だよ、ふぅ~・・・

***********

先日オーラソーマのコンサルテーションを受けた人が、
時間内のセッションではなんとなく腑に落ちなかったようで
わたしと話をしたい、と言ってきた。

仕事帰りにドトールでお茶しながら
選んだボトル(カラーコピーだけど)を見ながら
色んな話をしていくうちに、彼女はハッとすることがあったようで

「うん、繋がった!スッキリしたよ!ありがとう!」

と弾んだ声で言ってくれた。
30分で終えるはずが、気づけば2時間以上も話していた。

彼女のそんな様子を見ていて嬉しかったのと同時に、オーラソーマは人のプライバシーや深い問題に触れるきっかけになるんだなぁ・・・と改めて実感した。
話を聴くということ、相手の様子を距離をもって受け止めるということ、変化を見逃さないということ・・・


「オーラソーマのプラクティショナーをやっていて良かったなぁ、と思う瞬間は?」

という問いを、何人かにしたことがある。
その問いに、同じような答えが返ってくることが多い。


「目の前で悩み、迷っていたクライアントの顔が、
 話をしていく中で何かに気づいた時に表情がパッと変わり、
 一瞬で顔色が変わり、目が輝き、自ら光を放ちはじめる。
 人間が魂の目的に気づいた瞬間に立ち会える喜びは、
 何物にも変えがたい。本当にやっていてよかったと思う。」


この言葉は、常にわたしを動かす原点。
これからも身近な人達に協力してもらって
地道にコンサルの練習させてもらおう。

さてさて、今日はお風呂に入ってゆっくりするぞ(*^-^*)

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明るいほうへ

わたしの年上の友人が、オーラソーマやパワーストーンや様々なカードなどを扱ったお店をやっている。
今まで職場で出会った人の中から、「そのお店に行ってみたい」と言ってくれた人達を数名連れて行ったことがある。

そして今の職場でも、今年に入ってからやけにスピリチュアルな会話をする機会が増えてきた。
以前なら考えられない状況なんだけど、江原啓之さんや美輪明宏さんの影響なのか、日常生活の中で前世だとか守護霊などという言葉も抵抗なく受け入れて話す人達が増えてきた。

先日、まだその店に行ったことがない人が「行ってみたい」と言い出した。

じゃあせっかくならみんなで行く?
この前辞めた彼女にも声かけてみる?

と、急に話が盛り上がって、急遽翌日に行くことになった。
うまい具合に、その日はみんな予定が空いていた。
新たな職場でがんばっている元隣りの彼女にもメールをすると、ちょうど職場のことでかなりへこんでいたようだったので、お誘いメールを「何てタイムリー!!」と思ったとのこと。
残業も放り投げて合流する、と返事が届いた。
「みんなの明るいパワーをもらいたい」と言ってくれた。

まとまる時は、とんとんとんと話がまとまるんだよね。

ということで、職場の仲間を連れて、友人のヒーリングショップに向かった。

何度か訪れている人たちは、石を手にとってみたり、スプレーやエッセンスを試したり、様々なカードを引いてメッセージを受け取ったりと、思い思いに過ごしていた。
「色々買いすぎてスピリチュアル貧乏だ」と嘆いていた人も、またもや石やエッセンスを買っていた。
初めてきた人はオーラソーマのコンサルテーションを受けていた。

そうしているうちに、外国の存在感のある一行が訪れて、店主である友人がしばしお話をしていたり、常連ぽい人が石を買いにきたりと、狭い店内はいつの間にか大賑わい。
(後で聞いてみると、その外人さんはクリスタルセミナーでご一緒した方で、オーラが見える有名な方だったらしい)


そんな風景を少し離れたところから見ていて、なんだか嬉しいような感慨深いような不思議な気持ちになってきた。

現実的な職場で知り合ったこのひとりひとりが、この数ヶ月間で様々な変化を迎えて、今こうして同じ場所で、ヒーリングショップで楽しそうに過ごしている。
ほんの数ヶ月前は、不思議系な話に拒絶反応を示している人だっていたのに。
今は天使の話や魂の話をしたり、今の状況を学びとして受け止めていたりしている。

そういう時代になってきたんだなぁ・・・と思うと同時に、ある風景を思い出した。


先週末、バスツアーに参加した。
たくさんのツアーバスが集中し、各社のツアーコンダクターが旗を掲げて「こちらでーす!」と言いながら、お客さんたちを先導していた。
お客さんたちもきょろきょろしながらも、旗の方向に導かれてぞろぞろと歩いていた。


2月に、知人のヒーラーさんに言われたことを思い出した。

「つるこさんは、人の中にいることに意味があるんだよ。
 人の上に立ったり、一部の人達に接するよりも
 普通に過ごしている人達の中で、同じ目線で、
 スピリチュアルな世界を伝えて導いていく
 ツアコンのようなお役目があるんだよ・・・」


知人の店にぞろぞろと職場の人を連れて行く自分が、旗を持っているような錯覚をおこした。
ここ最近、昔の職場の人からも、「その店にまた行ってきます」というメールをもらった。

そして、今回その店にいる間に、以前オーラソーマのクラスでご一緒した人からメールが届いた。
以前ブログにも書いたけど、その人とはクラスでお会いする前から、実はブログ上でお話したことがある人だった。
クラスに参加している間に、お互い顔も名前も知らなかったのに、そのブロガーであることに気づいたという、すごい縁のある人だった。
その人が来週参加するセミナーに、実はわたしの知人であるその店の店主も参加するということが話していてわかった。

ここでもまた繋がってしまったよ・・・


店を後にして、みんなで再会を祝して乾杯した。
こころのこと、魂の成長のこと・・・色々な話をして盛り上がった。
このメンバーで、またこうして同じ時間に同じテーブルに着けるなんて。
とっても不思議な気もするけど、やっぱりそうなるように決まっていたんだな、と思う。
職場で出会った仲間と、こういう風に繋がれることが嬉しかった。


楽しげに目を輝かせて話すみんなを見ていたら、
みんなの背中に、天使の羽が生えていたよ。

なんだかほんとに、見えた気がした。


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眠りって大事だわ

先週は寝不足とストレスからか頭が痛くて
土曜日は、頭痛をひきずったままバスツアーで信州へ行き
日曜日こそ部屋の掃除や服の整理をしようと思ったけど
やっぱり頭が痛くて横になっていたら・・・

夕方からそのまま爆睡してしまい
夕飯も食べずに朝を迎えました・・・( ̄□ ̄;)

12時間以上寝まくりました。
あー・・・やることいっぱいあったのに・・・

しかも、それだけ眠ったら癒されたかと思いきや
記憶に残っている夢といえば・・・

「もういやぁぁぁぁ~!!!」

と叫びながら、隣りにいる男の荷物をどんどん窓から投げ捨てる夢。

うーん、バイオレンス。

相当疲れが溜まってたんだろか???

でも確かにすこしスッキリしたような・・・


そんなわけで、今日も午前中は寝すぎたせいか顔はむくみ、頭もぼやけて宙に浮いたようなボケボケ状態。
やっとこの時間になって冴えてきたよ。

さすがによく眠っただけあって、頭はスッキリ♪
やっぱり寝ないとダメなんだなぁ。

以前お世話になったヒーラーさんにも、もっと体を労わってあげて、と言われていたんだった。
もともとエネルギー的に強いから、低い数値でバランスをとれてしまっているって。
そうやって具合が悪いことに気づいていないから、気づいた時には大病になってしまう可能性が高いって。

確かにメンタルに興味があってもフィジカルなことは後回し。
両方のバランスが大事なのに。

サボっていた「黒麹もろみ酢」も今夜から復活しよう。
寝る前にストレッチもやっちゃおう。

今日も調子に乗らずに早めに寝ます。

今日こそ、いい夢見れますように・・・( ̄▽ ̄)アーメン


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かもめ食堂

映画 「かもめ食堂」
やっと観に行けました。


舞台は北欧フィンランド。
ヘルシンキの街角に「かもめ食堂」を開いたサチエ。

来る日も来る日も、お客が来ない。
それでも、焦らず、腐らず、いつものように食器を磨き、
テーブルを拭いて、花を飾る。

初めてのお客は日本かぶれの青年だった。

そうしているうちに、本屋で知り合った日本人女性ミドリや
荷物を失くした旅行者、マサコらと知り合い、
何気ない、けれど確実に昨日とは違う日々を紡いで生きていく・・・

***************

とにかくね、

小林聡美、片桐はいり、もたいまさこ

この3人なんですから。
そりゃ~、味わい深いわけでして。

個人的には、もたいまさこの初登場シーンに笑えた!
劇場内も、もたいさんが出てくる場面はクスクス笑い声がしていたよ。
今思い出しても・・・
  
  うはは!
    あぁぁ、また観たくなってきた!


北欧らしいファッションやインテリアも見どころ。

マリメッコの服やアラビアの食器や、
さり気なく置かれたイッタラのガラス製品など。

マリメッコとか、イッタラとか・・・
なんだかフィンランド語って、かわいらしいな。


お客が来なくても動じずに、今できることをやって過ごすサチエ。
日々の生活を大切にすること。
毎日を丁寧に生きること。

そんな日々の積み重ねが、明日に繋がっていく。

サチエの炊いたごはんをひと口食べたとたん、
ほろほろと泣き出してしまったミドリ。
あぁ、その感覚、わかる気がする。
どんなに感情の蓋をしていても、五感は正直なもの。
まして食べ物を口に運ぶという行為は、
とたんに自分の源に触れることになる。

あたたかい温度、しみわたる味、おいしそうな匂い。
急に、今ここにいる現実と、抑えていた感情が噴き出してくる。

食べることは、生きること。
人は、何かを食べなければ生きてはいけない。
今までも、これからも。
まずは腹ごしらえしないとね。

ついでに夢や、思い出も食べて
こころもからだも健やかでありたい。


シンプルすぎる食堂の空間も、
それがかえって素朴であたたかいフィンランドらしいのかも。
かもめ食堂に集う人々が、お店に色を添えていたよ。

お店は単なるハコじゃないんだ。
そこに集う人達でつくっていくんだね。

実際、映画を観ていたわたしは不思議な気持ちになった。
かもめ食堂のシーンでは、わたしも一緒にその空間にいて
空いている席に座っているような、厨房に立っているような
そんな錯覚におちいった。

森の木々のざわめきや、
開いた扉から吹き込んでくる風の感触、
淹れたてのコーヒーの香り・・・

そんな五感を刺激する映画でした。


それになにより、おなかがすく映画でした・・・(* ̄▽ ̄*)ニハ

鞄の形がユニークなパンフレットと
映画のサントラ盤、買っちゃいました。
(なんで鞄の形なのかは、映画を観てのお楽しみ)

***************

余談ですが。
十数年前、渋谷の人込みの中で
片桐はいりさんに体当たりされたことを思い出しました。
目の前にはいりさんの顔があって大迫力でした。(ごめんなさい)
そして、ナンちゃん(南原清隆)に似ていました。
(重ねてごめんなさい)

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ひとりごと

不思議だな

離れたいのに、離れなかったり

離れたくなくても、離れてしまったり

遠く離れてしまっても、こころは離れられなかったり


様々なプロセスを経て、人は出会う

いろんな道が折り重なって

ある日その人が目の前に現れる

出会ってしまった、運命の人

その人なしでは生きられない、なんて思ったりもする

それまでは、ちゃんと生きてきたのにね


そうやって出会い、別れ、泣いたり笑ったりして時は過ぎ行く


人とかかわることで、自分が見えてきたりもする

人は鏡だからね

鏡がなかったら、いつまでたっても自分が見えないままだね

いいことも、わるいことも映し出す鏡


それからね、人といるとぬくもりを感じることもできるよ

肩に置かれた手や、ぎゅって抱きしめられることとか

どんな言葉よりも沁みるときがあるよ


「わたし」という存在を、まるごと受け止めてくれる人

ありのままのわたしを、ただ求めてくれる人

男でも、女でも、

そういう風に認め合えるのって、いいな


なにも話さなくても

となりにいるだけで、こころがあたたかくなる


目と目を合わせるだけで

手と手をつないだだけで


わかりあえる

大丈夫だって思える

そんな出会いをするために生まれてきたんだな、と思う


人は、ひとりでは生きられないんだね


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4/7 不可思議な夢

今朝はめずらしく電車で座ることができた。
もともと眠かったので、案の定いつの間にか眠っていた。

そのうち、夢を見た。

というより、聴いた。

夢で見ている映像は、暗闇の中。
ただただ真っ暗で、なにも出てこない。

その中で、人なのか何なのかわからないけど、
確かに声がした。
その声は、何回も何回も、だんだん大きくせまってくるようにわたしの頭の中に響き続けた。

その声は、確かに

「指を見よ!」

と言っていた。

あまりに何度もやってくるので、ハッと飛び起きた。
「えっ、指???」と、わたしは訳がわからず、周りの人の指を見たりあたふたしていたんだけど、ふと自分の指を見てみたら、なんと左の人差し指から流血していた。
隣りの中指はスパッと切れていて、やはり血が滲んでいた。

なんなの?この夢・・・

しかも、その声っていうのもうまく言えないんだけど、実際に人が外から話しかけているというよりも、内側から響いてくる感じだった。

周りには眠りこけてるおばさんやサラリーマンやら、人はいっぱいいたけど、誰も声を発している人はいなかった。

********************

人にはあまり話したことがないんだけど、十数年前、毎晩眠っている間に、頭の中で大勢の子供達の笑い声が迫ってきて、それはそれはものすごい笑い声で起こされ続けたことがあった。

あまりにリアルな声なので、わたしは家の近くの公園で、親子の運動会でもやっているのかと思って、毎晩窓を開けて確認していた。
冷静に考えれば、夜中の2時や3時に親子の運動会なんてやっているはずはないんだけど、あまりにもリアルで、しかも毎晩毎晩続くので、寝ぼけていないことを確認しつつ毎晩窓を開けてみるんだけど、当然誰もいない。
夢の中だけなら、起きた時点で声は消えると思うんだけど、起き上がってちゃんと目覚めていても、頭の中で笑い声が迫ってきて、窓を開けるとからっぽの公園が見えて、やっぱり夢なの?と思う。その繰り返しだった。
日に日に笑い声は大きくなってきて、たくさんの男の子や女の子の顔が浮かんできて、とっても楽しげな笑い声なんだけど、毎晩暗闇で音の洪水に巻き込まれるうちに、怖くなってしまった。

当時はこういう不思議話ができるような環境でもなかったし、自分がおかしくなったのかと思って、特に人に言うこともなく封印している話だった。
今はけっこう話しやすい世の中になってきたけどね。

その後、夢分析の先生に話してみたら、自分の中の霊感の強さが起こさせる、というようなことを言われた。
子供の楽しそうな笑い声も、わたしの中の眠っていた可能性が開花される予兆、みたいに説明されたりした。
それが答えかどうか、というよりも、自分がおかしいわけではなかったことに安心した。

********************

今朝の「指を見よ!」の声も、その時のように内側から強く訴えかけられるような声だった。
声というか、言葉が降ってくるというか・・・うまく言えないんだけど。


会社の人に話したら、

「指切れてたの?かまいたち???」

なんて言われて大笑いしたり、

「左の人差し指から血が出てるってのが、なんか意味ありげだよねぇ~」

なんて、あーだこーだ言ったりしてみた。

赤い血。目覚め。
何かに気づけってことかしら?
左の人差し指。
何かを示せってことかな?

まぁいいか。突き詰めなくても。

なんだか不可思議な今朝の夢でした。


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終わりと始まり

春はお別れの季節です。
新しい旅立ちの季節です。

今日もまた職場を去る人がいて、ちょっとしょんぼり。

そんなに接点はなかったはずなんだけど、今年に入ってから少し距離が近くなり、気づけばけっこう良くしてもらったり可愛がってもらっていた人が地方に転勤することになった。
まぁバタバタと忙しそうな人だし、仕事で絡む人にとっては色々とあるのかも知れないけど、わたしとしては害もない関係で、楽しい思い出ばかりだった。

見かけによらずお菓子が大好きで、実はコドモのような人だったので、同じチームの女性とお菓子の詰め合わせをプレゼントした。
その人の大好物と、ウケ狙いの駄菓子や子供向けのお菓子。
パッケージにも落書きをいっぱいして、ふざけたコメント満載の寄せ書きも添えてキレイにラッピング。

思いがけないプレゼントに、「すっげーうれしい!」と喜んでくれて、一緒に写真を撮ったりした。


準備するまではイタズラ心に火がついて、みんなで盛り上がっていたのに、なんだか渡した後は祭りの後のような寂しさ、むなしさが襲ってきた。

3月から4月にかけて、お別れが続いたからかな。
こういうのって、けっこう慣れていたはずなんだけど。

自分にとって影響のある人との別れは
やっぱり寂しくなってしまうんだろうな。
新しい始まりっていう上向きな気持ちはもちろんあるんだけどね。

派遣で働いていると、去ることには慣れているんだけど
送り出す方が、ちょっとばかりしんみりしてしまうものなのかな。


帰り道、なんとなく花屋さんの前で立ち止まった。
ローズ・フェアをやっていた。

色んな色の薔薇の花の前で、
今日のわたしは、めずらしく黄色い薔薇の花に惹かれた。

薔薇だったら真紅やピンク系、白なんかが好みなんだけど、
今日はむしょうに黄色に目がいった。

何色を買うか迷って、実際に手にとってみたりしたんだけど、
大分長いこといたのに、結局買わずに帰ってきた。

たくさんの薔薇に囲まれているうちに
なんだか満足してしまったのかも。

色んな色の、特に今日は黄色い薔薇を見たり、触れたりするうちに、だんだんと元気が湧いてきた。
気持ちが上向きになって、明るい気分になってきた。

今日は、黄色が必要だった。
黄色に救われた気がする。


わたしたちは、必要な時に、必要な場所にいる。
だから、出会ったことは必然で、離れることも、また必然。
けれど、悲しいことではない。
それぞれが絶妙なタイミングに、出会うべく人と出会い、
必要な学びを終えたら、次のステージへ行く。
それだけのこと。

だから、今は少ししんみりしていても、
出会えたことに感謝して、新たな場所での幸せを祈ろう。


先週職場を去った、となりの席にいた人からメールが来た。
新しい職場での近況が綴られていた。
うまくやっていけそうな予感と、
会社の前の大きな公園に咲く桜に励まされていると。
前向きで、明るくて、春の日差しと桜の香りが漂うような文面だった。


彼女の新しい始まりが、

桜の咲くこの季節で、本当に良かった。

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イッツ・ア・スモールワールド

ユニクロの土日限定で、一枚990円のTシャツを買った。

イッツ

なんかねぇ、顔キャラ好きなわたしとしては
この絵柄に惹かれてしまってね・・・

いろんな色の、いろんな顔の人が、みんな笑っててさ。
モヒカン頭の人もいるよ。

この絵、なんとフィル・コリンズが描いたんだって。

ユニクロでは今、いろんなTシャツプロジェクトをやっているらしい。

このシリーズは「21世紀リーダーズ」といって、イギリスの信頼ある公認慈善事業団体「トレードプラス・エイド」が立ち上げた独自のアートワークプロジェクトだとか。
各界著名人が描いたアート作品を使用した商品を販売し、それにより得た収益の一部を、幼児虐待・環境保護・発展途上国での雇用問題について活動している団体に寄付するとのこと。


だから買ったというわけではないんだけど、
気に入って買ったものが何かの役に立つなら、なおうれしい。

990円(通常は1500円)にしては、なかなかだよ。
スパンコールもついてて、ロゴの部分は刺繍になっている。

“No matter what we look like...
      we're all the same...peace”

って書いてある。


これを読んで、ディズニーランドのアトラクション、
「イッツ・ア・スモールワールド」を思い出した。

あの曲の歌詞を探してみて、読んでみたら
子どもの頃よりも今になって、沁みてきた。

********************

 世界中 だれだって ほほえめば 仲良しさ
  みんな輪になり 手をつなごう 小さな世界

 世界はせまい 世界はおなじ
  世界はまるい ただひとつ

 世界中 どこだって 笑いあり 涙あり
  みんなそれぞれ助け合う 小さな世界

 世界はせまい 世界はおなじ
  世界はまるい ただひとつ

********************

子どもの頃は、ディズニーランドの「イッツ・ア・スモールワールド」も、この歌も、なんだか照れくさいような恥ずかしいような気がして、あまり好きなアトラクションではなかった。
隣りで母親がこの曲を楽しそうに歌っていても、なんだかこっちが恥ずかしくてやめて欲しいと思ったりした。

あれから大人になったわたしは、
今こそ「イッツ・ア・スモールワールド」を楽しめるような気がしている。
なんて夢のある素敵なメッセージを送ってくれているんだろう、と思う。
この歌をみんなで歌いながら手を繋ぐことができたら・・・


 ♪世界はせまい 世界はおなじ 
      世界はまるい ただひとつ♪


世界の現実を思うと、切なくなるフレーズだね。
本当はこのフレーズこそが、現実なんだろうけどね。

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桜の季節に

昨日は3月31日。

様々なところで、様々な別れがあったと思われる。
わたしの職場でも、この日を最後に退職する方がたくさんいらっしゃった。

わたしの隣りの席の人も。


その人と隣りの席になったのは半年前。
はじめは、クールな感じで、少しとっつきにくい印象だった。
いつもキリッとして、すこしつんとした表情をしていた。

それでもあまり先入観を持たないようにしているわたしとしては、「まずは話してみないと」と思っていたので、他愛のない話を重ねるうちに、だんだんと印象が変わっていった。


あぁ、この人は・・・
人にお世辞を言わないし、おべっかを使うこともしない。
嘘をつけないんだ。正直なんだ。
誤解されやすいけど、こころの芯の部分がピュアなんだ。
正義感が強くて、弱いものいじめをする人を許せなくて、
物の言い方がちょっときつい感じがするけど、誠実な人だ。


ということがわかってきた。

そうしているうちに、だんだんと打ち解けてきて、
日々のことをおしゃべりしたりして、最初の印象とは大分変わってきた。


その彼女との関係がだんだんと変化していったのは、去年の冬頃から。

わたしがオーラソーマのクラスに参加するために、年末有給をとることになった。
休む理由を聞かれて、「カラーの学校に行く」と答えた。
カラーコーディネート?と聞かれたので、色彩心理系かな?と答えた。
差し支えなければ・・・と、さらに突っ込まれたので、オーラソーマのクラスだと答えた。

当時の彼女は、とても精神世界や不思議系の話ができる雰囲気ではなかったので、最初にオーラソーマという言葉を言うのをためらったのだ。
けれど彼女はオーラソーマというものが、ボトルを選んでセッションを受ける、ということまでは知っていた。
案の定、怪しいものだという印象が強かったようだけど、それから彼女はオーラソーマについて色々質問をしてくるようになった。
このころは、質問というよりも詰問にも近い感じだった気がする。

今年に入ってからはさらに精神世界系の話題が増えてきた。
関係ないと思えば話題にすらしないはずが、様々なことをわたしに質問してくる。
話を聴いていると、もともと感性の鋭い人のようだから、科学だけでは解明できない何か、というものについて興味があったんだと思う。
そして疑ってはいても、不思議な出来事や見えない世界というものがあるということを確信したいようだった。
確信が持てれば、これまでの人生のつじつまが合う、とでも思っているようだった。
まるで、かつてのわたしを見ているようだった。

そうしているうちに、彼女の中で少しずつ何かが変化していったのだろう。
こちらからは何も質問しなくても、彼女の方から過去の自分の性格や、辛い出来事や、誰にも話したことのないというプライバシーに関わる話まで聴く機会が増えてきた。
わたしに対しても、かなり開いてきているようで、初めのクールな印象から、だんだんと朗らかでユニークな一面が覗き始めた。


けれど、そんな矢先に
彼女にとって思いがけない、
悲しいようなくやしいような出来事が起こったようで

元気がなくなり、口数も減り、溜め息をつくこともあった。
かなり落ちているのかな、と思ったけど、
敢えてわたしからは何も聞かなかった。
いつもどおり、日々の話をし、今までどおりのわたしでいた。
言葉にはしなかったけれど、
話したい時はいつでもどうぞ、という受け入れ態勢だけはつくっていた。

そうしているうちに、やはり彼女から口を開いた。
最近ショックなことがあってかなり落ちていたと。
ここから脱出するにはどうしたらいいかと。
人を許すには、イライラを消すには、消したくても消せないもやもやした想いをどうすればいいのか、など。

わたしは自分なりに全身で彼女の話を聴き、そして淡々と、わたしなりに考えられる方法をいくつか出した。

でも、彼女はわかっていたはず。
その答えは自分の中にあると。

そしてしばらくして、彼女なりに少しずつ気持ちも上向きになってきたようだった。

3月に入ってからは、本当に彼女はよく喋り、笑い、感情を表現するようになっていた。
そして、以前にも増して、こころや魂のことについて興味を持ち、そういう世界はある、と受け入れられるようになってからは、発言も完全に変わってきた。
表情もやわらかくなり、人に対しても優しくなり、コミュニケーションをとることを楽しんでいるのが伝わってきた。

わたしの知り合いの店に行きたいと言われたので一緒に行った。
不思議系な品物が並ぶ店で、不思議系な説明を受けている彼女をヒヤヒヤしながら眺めていたけれど、心配する必要もないほど熱心に聴き、受け入れて、ローズクォーツと天使のエッセンスとスプレーを買っていた。
「今まで知らなかった世界だった」と言って、とっても楽しんでくれていた。


昨日は彼女の送別会。
同じチームの4人で飲んだ。
たくさんの話をして盛り上がった。
楽しくて、あっという間のひとときだった。


そして彼女が、わたしに言ってくれた。


今までは、目の前にあることをただ必死にこなすことしか考えていなかった。
悲しい時も、辛い時も、頑張ればなんとかなるって。
今までずっと、そうやって生きてきた。
そういうものだと思っていた。
仕事にしても、次の職場でどれだけスキルアップできるか。
それだけが目標だった。

でも、今は、
次の職場で、どんな人と出逢えるかな・・・
そんな風に思っている。
こんなことは、生まれて初めてのことなんだ。
今までの人生が、世界のすべてではなかったんだ。

今は、見えない世界が信じられる。
すべてが魂の学びであり、メッセージであると感じられる。
これまで信じられなかったことを、信じられるようになった。
この職場に来て、確実につるこさんに導かれたんだよ。


・・・って。


胸が揺さぶられ、涙が出そうだった。

半年間、隣りの席で、毎日のようにくだらない話や笑える話から、誰とでもできるわけではない深い話まで、本当にたくさんのことを話してきた。
半年間の間に、その彼女が確実に変化し、苦しい思いを経て、今はとても穏やかで瞳が輝いて、頭ではなくてこころで話をする素敵な女性になっている。

わたしのほうこそ、ありがとう。
本当に、あなたの隣りでよかった。


駅で別れ際に、

「魂の第一課程、終了しました。
 またしばらくしたら、ご教授下さい。お元気で。」

と、彼女が言った。

なんでわたしが年下なのに敬語なの?

・・・と、突っ込みを入れたくなったけれど、

彼女の瞳が澄んでいて、
半年前よりも確実に美しく、晴れやかで
咲き始めた桜の如し君・・・なんて思ったよ。


出逢いと別れ

そして、新たなる旅立ちの季節。


わたしも、ぴしっと背筋を伸ばして
凛とした桜のように咲いてみたい・・・そんな春です。


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