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愛するということ

ほんとうに人を愛するということは、
その人が一人でいても、
生きていけるようにしてあげることだと思った。

親が子を愛することも、男が女を愛することも、
相手を精神的に自立せしめるということが、
ほんとうの愛なのかもしれない。

「あなたなしでは生きることができない」
などと言ううちは、
まだ真の愛のきびしさを知らないということに
なるのだろうか。


これは、今は亡き三浦綾子さんの自伝「道ありき」に出てくる言葉。

この本を初めて読んだのは、22歳の頃。
母親が、娘時代に読んで感動したので読むといいよ、と勧めてくれた。
教師をしていた綾子さんは敗戦をきっかけに、これまで生徒に教えてきたことを国から訂正させられ、「自分自身の教えることに確信を持てずに教壇に立つことはできない」と教師を辞めた。
その後、自分自身を見失いかけたところに病に倒れ、長い闘病生活の間に最愛の人を失う。
愛、信仰、新たな出会いなどが描かれた綾子さんの半生を綴った文章に、当時のわたしは圧倒され、感情を掻き乱され、涙した。様々なことを考えさせられた。
特に冒頭の言葉は、折に触れて思い出される言葉として胸に残ってきた。

当時まだ若く、ひとつの出会いを終わらせようとしていたわたしは、この言葉を「恋愛」として捉えていた。

「あなたなしでは生きることができない」
などと言ううちは、
まだ真の愛のきびしさを知らないということに
なるのだろうか。

という一節も、
「だってそれが恋愛なんじゃないの?」
としか思えずに、相手の不在に失望するしかない状態だった。

あれからすっかり時が経ち、今はこの言葉を恋愛だけでなく、様々な関係性にあてはめて考えている。

人はひとりで産まれてきて、死ぬ時もひとり。
それでも、ひとりでは生きられない。

自分がひとりで去るのも不安・・・
でも、もし本当に愛しいと思う人がいたら、
自分が去った後の、愛しい人の生活を思うだろう。

愛しい人には、幸せでいてほしい。
いつもいつも幸せを感じられるかはわからないけど、
それでも、少しでも多くの幸せを感じてほしい。

少しでも、笑っていてほしい。

これは死に別れることに限った話ではない。
いつが最期になるかわからない愛しい人との関わりを、いつでも胸に問い続けていきたい。
縁あって出逢ったのだ。出逢ってしまったのだから。


愛することのきびしさと、人とつきあうことの責任


こんな言葉もでてくる。なんだかとても堅いような、重いような気もするけれど、きっと愛とはそういうきびしさを含んでいるのだろう。

そういえば、サン=テグジュペリの「星の王子さま」にも出てきた。


めんどうみたあいてには、いつまでも責任があるんだ
まもらなけりゃならないんだよ、バラの花との約束をね・・・


自分の言動に責任を持つこと。
人から影響を受けるのと同時に、
自分も人に影響を与えているのだということを知ること。
思いを伝えること、受け止めること。
自分を大切にすること。相手の人生を思いやること。

愛について学ぶことは終わらない。

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