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心から、ありがとう

彼が長年乗っていた車をついに手放すことになった。

10年以上も大切に乗ってきた車だった。
いろんなことがあった彼が、当時思い切って手に入れた憧れの車だった。
まだ若かったわたしは、初めて乗せてもらった時、車の良し悪しがよくわからなくて、特に車を褒めたりしてあげなかった。
でも、その車にまつわる思い出はだんだんと増えていった。

喜びも、悲しみも、大切な出来事も。
語りつくせない思いを話して
あっという間に何時間も過ぎていた夜。
なにも話さずにただ一緒にいるだけで安らいでいた日々。
止まらない涙を流しつづけた夜もあった。
あの密室の空間で。

何年も会わなくなって、もう二度とあの車に乗ることはないと思っていた。

それでも不思議な偶然が重なって、また巡り逢ってしまった。
再び車に乗り込んだ時の感覚、今も忘れていない。


その車はマニアがファンクラブを作っていて、オーナーは大切に乗り続ける人が多いらしい。
最初、彼がディーラーに査定を頼んだとき、あっさりと
「査定ゼロで廃車にします」と言われたらしい。
けれど別の専門店で査定してもらったら、
「この年式のこの車種で、これだけ整備されて程度の良いものは珍しいので、是非お願いします」と頭を下げられたらしい。
大切に乗り続けてきたことが報われて、よかったね。

でもその車を査定に出す10分前、突然の大雨に見舞われて、ピカピカに磨き上げた車がびしょ濡れになってしまったらしい。
専門店の人曰く、この車種は愛情持って乗り続ける人が多いせいか、売りに出す直前に窓が開かなくなったり、大雨に降られたり、原因不明の故障が出たりすることがある、と言っていたという。
これから売られていく車の、最後の抵抗なのだろうか。


そして最後のドライブに出かけた。
その車と巡った、懐かしい場所を巡り、明るいうちにふたりで車の写真をいっぱい撮った。

そして、

日が沈み、車に乗り込み久しぶりの首都高ドライブ。
最近の洋楽が流れている中、「あれ?」と思う曲が流れ出した。
昔々、この車で聴いた懐かしい曲たち。いろんな懐かしい思い出が一瞬で蘇ってくる。
車が首都高に入る絶妙なタイミングで流れ出した。
エンヤのカリビアン・ブルーも、まだ曲名がわからなくて知りたかった時に、ちょうどこの車で流れて感激したっけなぁ、とか、あぁ、この曲はカラオケで歌ってくれたっけ・・・なんて思いながら、ふと隣を見て、ハッとした。

彼が、泣いていた。

彼はどんなに辛いことがあっても、人前で涙は見せないと言い張る人だ。
今までいろんなことがあって、わたしがいっぱい泣いても、彼は泣きそうになるのをこらえて一人になってから大泣きする人だった。
表現下手だけど、実はとても感情的で情にもろい人なのだ。

その彼が静かに涙を流していた。頭が混乱した。
思わず手を握ったが、なにか入り込んではいけない男の領域のような気がして、静かに手を離した。
それから絶妙なタイミングで次々と当時を思い出させる曲が流れてくる。
その頃のこと、その後のこと、いろいろと頭を巡った。この車との最後のドライブに、これまでの年月を思い起こさせる音楽と、彼の涙。
夜景の綺麗な懐かしい通りのところで、「あぁ、やばいな・・・」という曲が流れ出してしまった。

エルトン・ジョンの、ピアノが美しいバラード。

かつて、これが最後だという夜、
夜明けの道を走りながら、この曲を涙をこらえながら聴いていた。

そして今、2005年の夜の道を、この曲を聴きながら涙をこぼした。

実はこの日、最後のドライブだというのに、オーディオの調子が悪くなって途中音が悪くなったり、全く動かなくなったりしてしまった。
「最後の抵抗なのかね」って話していたけど、夜になってオーディオの調子が良くなり、音もめちゃめちゃ良くなってしまった。
しかもこの懐かしい選曲は、夜景に合わせた彼の演出かと思っていたらとんでもなく、たくさん積んであるCDにこんな懐かしい曲が入っていたことすら知らなかったらしい。
不意打ちだったのでいろいろ思い出し、不覚にも泣いてしまったらしい。

最後にこの車にやられてしまった。

でもきっと、最後にふたりで懐かしい思い出の曲を、いい音で聴いてくださいっていう、この車からのプレゼントだったんだろうねと話した。

最後の抵抗でもあり、きっと車も「ありがとう」って言っているんだと思った。
最後の最後で、私達の歴史を知っているこの車が愛しくてたまらなくなった。

そしたら渋滞した首都高の隣の車線に、今度彼が乗ることになる車と全く同じ車種、同じ色の車がずっと並んでいた。まるで世代交代を伝えているような、「今までありがとう。これからよろしくね。」と車が言い合っているような不思議な感じがした。

普段あんまり街中では見かけない車なのに。
これも車からのメッセージなのだろうか。
新しい車を見て、なんとなく明るい未来を感じた。
それでなんとなく「これでいいのだ」と思えた。

それでも最後に車を降りる時は悲しくなって、いろんなところを撫でたり、さすったりして別れを惜しんだ。

わたしは自分で車を乗らないので、愛車を手放す人の気持ちがよくわかっていなかった。
でも、今回はそれがよくわかった気がする。
車はただの鉄の塊ではなかった。確実にわたしはこの車と、たくさんの思い出を作ってきたのだった。

わたしが車を降りた直後、彼から「ものすごい雨が降ってきた」とメールがきた。
家に帰ってテレビを見ていたら、東京23区と神奈川に大雨洪水警報が出ていた。
愛しの車が最後に流した「ありがとう、さようなら」の涙だと、勝手に解釈した。


彼は車を手放した。
彼とわたしがこれからどうなるのかは、わからない。
それでも車とともに懐かしい日々を振り返ってみても、残る気持ちは「懐かしさ」よりも、「それでも今こうして隣にいる」という現実を感じたことだった。
日々気持ちはころがりつつも、現実から目を背けずに、大切にしたいものを見失わないようにしたいと思う。


愛しの車が解体されることなく、次のオーナーにも大切に愛され、
その人の新しい思い出をたくさん乗せて走り続けてくれることを、心から願っている。

ほんとうに、ほんとうに、ありがとう。

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Comments

 凄く素敵な恋愛小説みたいです。つるこさんのブログはマドモアゼル系とこういったシリアス系の記事が取り混ぜてあるので、その緩急がなんとも心地よく・・・。しかし、今回の日記は一生に何度も経験するものではない、そんな瞬間の記録ですね。つるこさんの音楽バトンでふと感じていたことを、もっとリアルに読んだ気持ちになりました。人はやはり感動を封じ込めるために文章を書くのですね。素敵な記事をありがとう。私みたいな他人が読んでいいのかなと思わせる濃密で素敵な時間でした。その車が何か想像してしまいました。3298かな?

Posted by: caetanov | July 10, 2005 at 11:06 PM

わたしは友人の一言がきっかけでブログを始めました。
色のセミナーや、それにまつわることの話を書いてくれたら、読みたいと言ってもらい、そういったことをメインに書いていくつもりが、最近はすっかり脱線しまくっています。
ましてこのようなプライベートなことを書くことはないと思ってきました。
実際は素敵な恋愛小説でもなんでもないのですよ。
リアルな恋愛、問題、自分の優柔不断さで落ち込むことも多いのです。

本来、自分の胸の中で、大切な思い出として残せばいいことだと思ったのですが、今回は自分のためではなく、彼が大切に乗ってきた、たくさんの思い出を作ってくれた愛しい車のために書きたかったんです。
それを書くには、自らのことにも触れないわけにはいきませんでした。
最後まで載せるかどうか迷いました。
でも、敢えて削除せずに載せることにしました。

飾らずに、素直に自分の今の思いを綴ったつもりです。
そんな個人的な記録の記事に、ありがたいコメントを戴けて、感謝します。

ちなみに、3298ではないのですよ。
自分で撮った車の写真を見て、イルカに似ているかも?と思いましたが・・・(多分わたしだけ)

Posted by: つるこ | July 11, 2005 at 09:21 PM

感慨深く読んでしまいましたよ。情景が浮かびました!
つるこの長年の思い出がたっぷり詰まった車だったようだね。

人生なにが起こるかわからないけど、
だからこそ、いろんな感情が折り重なっていくけど、
自分に正直にしていけばいいのでは?と思いました。

Posted by: サチエン | July 12, 2005 at 01:51 PM

サチエン。

他人にとってはなんでもないものでも、
自分にとってはこれまでのわたしを見ていてくれた、
大切なかわいい車でした。
年月を重ねていくうちに、そんな存在になっていました。
でも、過去を振り返るというわけじゃなくて、最後に最高の、いい別れ方ができて、とっても前向きな気持ち。
今までのことを肯定できるっていうか。ほんと、ありがとうって感じだよ。
私自身のこれからのことは、
答えは時間が経たないとわからないかもしれないし、
明日突然、答えが降ってくるかもしれないし。
とにかく、サチエンの言うように、
自分に正直にしていきたいと思います。

Posted by: つるこ | July 12, 2005 at 09:29 PM

涙。出そうになりました。
つるこさんのこのブログはちょっと前から知っていて、知人にも
読んでくださいとご紹介させてもらったりしていました。
愛車を手放された彼とつるこさんのお話を読ませてもらって、
昨年の梅雨のころ、私の彼が雨の日の朝、事故をして、とても大切にしていた愛車を手放したことを思い出しました。その時の私はひどかった。彼に優しい言葉をかけてあげないどころか、「仕事前に渡すね」なんて言って、早起きして頑張って作ったお弁当を、事故った彼に手渡せなかった、その悔しさと、彼の無茶な運転に腹立たしくて、逆に自分が可愛そうな気になっていました。「どーすんのよ、これから・・」何てひどい事思った。もちろん、彼が無傷で誰も傷ついていないことをすごく心配し、無事を喜んだ後だったけど、車を運転しない私は、車はただの移動のための道具だったから、彼がどんな想いでその車を手に入れて、どんな楽しい思い出をその車と過ごしたかなんて想像できなかった。私たちの恋もその車と一緒に始まったのに。
お弁当なんて本当にどーでも良かった、彼に一日会えないくらいなんてことないのに。自分は仕事してイライラしてたから・・余裕のない子供でした。私。恥ずかしい限りです。
つるこさんは素敵ですね。彼の想いいっぱい受け止めてあげれた。ものすごく私的なお話ごめんなさい。 ちなみに今、彼は新車を買わずに妹さんが中古で買ったという小型の中古車で我慢してくれています。愛車のこと理解できなかったとんでもなく無神経な私のために、お金節約してくれています。貯めてくれてます。
今日、彼に言わなくちゃ。あの時ごめんね、今、ありがとねって。

Posted by: chikapin | July 15, 2005 at 12:59 PM

chikapinさん、こんにちは。
コメントありがとうございます。

ちょうど去年の今頃、chikapinさんの彼も愛車を手放されたのですね。「とても大切にしていた愛車を」とあるので、きっと無念だったでしょうね。

今回、長年乗った大切な愛車を手放した彼は、その車を買う以前、初めて手に入れた新車を実質2ヶ月半しか乗らないうちに大事故を起こし、車は当然廃車、本人も重体で生死をさまよったという経験があったのです。
本人は意識を失い運ばれていったので、ぐちゃぐちゃになったその車の最後を見届けることなく終わりました。
その後奇跡的に生還し、いろいろなことがあった彼は、小学生の頃から憧れ続けてきた車を思い切って購入したというわけです。
わたしはその後に彼と知り合ったのですが、彼が何故そんなに車を大切にするのか、何故わたしに必ずシートベルトを閉めたか確認するのか、後にわかりました。
愛車に対する思い入れは人それぞれ。その人なりのドラマがあるんだと思います。
彼の大切な車との別れの儀式に同乗させてもらったわたしは、この不思議な縁と感謝の気持ちで、最後なのにさわやかな気持ちにさせてもらえました。
やっぱり別れ方って大事なんでしょうね。

chikapinさんは、一年前の彼への態度を今、素直に認めて謝ろうとしている。それってすごく素敵なことですよ。
そして今、その思いを伝えたい人が側にいてくれるということ。
車は残念なことでしたが、彼が無事だったということ、本当によかったですね。

事故を起こした後、またハンドルを握るのは勇気がいったことだと思います。
生死をさまよった彼も、異国でその恐怖を克服したそうです。
chikapinさんと彼が、また新しい車で素敵な時間を創り上げていけることを、陰ながら祈っています。


Posted by: つるこ | July 16, 2005 at 11:36 AM

つるこさん。
彼に謝りました★
彼、「そのことを思ってくれたならいいよ。」って、涼しい顔して言ってくれました。私の謝りたいって思った気持ち伝わったみたいです。
つるこさんのブログにお邪魔してよかった。ありがとうございました。
ちなみに、堅実な彼は、お金をきちんと貯めてから新車を買うねって
言ってくれてます。(笑)いい車欲しいけど税金が高いと嫌だね~なんて言いながら、今日もガソリン代高いねなんて言いながら、楽しいドライブしてきました。      またお邪魔しますね☆

Posted by: chikapin | July 17, 2005 at 01:32 AM

chikapinさん
彼に今の思いが届いたようで、よかったですね。

普段はマヌケな記事が多いブログなので、そのうち呆れられるかもしれませんが・・・よろしければまた遊びに来てくださいね♪

Posted by: つるこ | July 17, 2005 at 10:43 PM

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