遠い国の少女へ


あんまり人に話したことがないんだけど
縁あって、とある国の少女を金銭的に支援してきた。

正確に言うと、とある国の少女と、その家族と
その家族が住む地域に使われるお金を支援してきた。


「人の役に立ちたい」 とか 「ボランティアをしたい」 とか
「世界中の貧困を今すぐなんとかしなくちゃ!」 とか
そんな強い意志があったから始めたわけではなかった。


ある日なんとなく開いてみた新聞の広告に
大写しになっていた男の子の写真が、わたしを動かした。

涙をボロボロ流して、まっすぐな瞳でこちらを見ている男の子。

雷が打たれたような衝撃を受けて、心臓の鼓動が激しくなって
気がついたら電話していた。
その日のうちに、チャイルドスポンサーになることを申し出ていた。

その協会のシステムがどうだとか、金額がどうだとか
責任がどうだとか、今、本当にすべきなのか、とか
調べたり迷ったりする余地が一切なかった。
運命に導かれたとしか思えない行動だった。

自分にとっても予想外な出来事だった。


それはちょうど、わたしが精神的にボロボロだった時期を越えて
ありとあらゆる人、物、いのちのすべてに
「ありがとう」という感謝の気持ちが溢れ出してきて
見るものすべてが輝いて、生きているしあわせをかみしめていた頃。


今にして思えば

こころのどこかで、何か恩返しがしたかったのかもしれない。


わたしがお付き合いすることになったチャイルドは、バングラデシュの幼い少女。

紹介カードに添付されていた写真は
真っ黒に日焼けして、ガリガリに痩せ細った、
それでも瞳にもの凄いパワーを宿してこちらを見つめる少女の顔だった。
彼女との関わりの、始まりだった。

*

そんなある日突然の行動から始まって
気がつけば、10年という月日が経っていた。


これまで、クリスマスカードのやりとりや、お誕生日カードを送ることはあっても
実際に現地に向かって、その少女に会うことはなかった。

プロジェクトの地域は、本当に貧しかったり、危険な地域が多いようで
個人ツアーで行くには渡航が困難だったり、ガイドがつくとしてももちろん英語だったりする。
たまに計画されるチャイルド訪問ツアーも
自分のチャイルドが住む地域を訪れる機会は、数年待ってもやってこないのが現実。

それでも気がつけば、節目の10年。
この年月の間に、スポンサーになったおかげで得たものがいっぱいある。
弱くてずるい自分と向き合い、無責任さに気づかされて唖然としたこともあった。

そこで気持ちを切り替えてからは
自分で決めて始めたからには、このプロジェクトを自分からは降りるまい、
その少女と地域が自立する日がくるまではずっと続けよう、と思わせてくれた。

*

そして、10年目の少女の誕生日。
あどけない幼子は、すっかり年頃の少女に成長していた。
節目の誕生日だったからなのか、なんなのか・・・
いつもとは違って、なぜかわたしは
手紙やシールだけで封を閉じることができずに
なにかもっと特別なものを一緒に送れないかな・・・と辺りを見回して・・・

ビーズでできた、天使のストラップを一緒に送ることにした。


それは、一見なんてことない天使のチャームなんだけど
ふたつおそろいになっていて、片方を自分の大切な人に渡す・・というものだった。

今まで、どの友達にも、身内にも、彼にもあげることができなかったものだった。

それを、なぜか会ったこともない、遠く離れたその少女に、渡そうと思った。

手元に届いて喜んでくれるといいな。

なんて思っていた。

*

けれど、その封筒を投函してから一週間程経った頃、協会の事務局から連絡があった。

10年間支援してきた少女とその家族は、暮らし向きも安定してきて
自分達で生活していける目途が立ったので、プロジェクトからはずれました。
支援はこれにて終了です。彼らの行き先はわかりません。

というような内容のものだった。


あまりに急なことで呆然とした。

あまりにもあっけなかった。


何度か事務局の人とやりとりして、誕生日カードのことを話したり
彼らの行方、手紙の行方を追ったりしたけれど
彼らの行方はおろか、わたしが出した手紙の行方もわからなくなっていた。
彼らに手紙が届かないばかりか、どこを経由したのかもわからずに
こちらに返送される宛はほぼなくなった。

悲しいけれど、これが現実。
出した手紙が紛失するなんて、他の国では・・・
ましてや情勢が混乱している地域なら、めずらしいことではないのだろう。

せっかく同封した、天使のストラップ
ソウルメイトの証、と思って入れたのに。
今頃、天使はどこかで迷子になっているはず。
なんだかさみしい結末だったな・・・

なんて思ったりしていた。

*

でも、よくよく考えてみたら

これって一番ハッピーで喜ばしい結末じゃないか。

自分達で生きていける目途が立ったなんて。
家族みんなで、新しい土地に旅立つことができたなんて。


わたしはどこかで期待していたのだろう。
ドラマのような感動の結末を。
「チャイルドスポンサーと少女の10年越の友情」だとか、「感動の対面」とか。

自分は何も求めず、使命だと思って続けてきたつもりでいた。
毎月送るこのお金は、わたしのものではなくて、バングラデシュに住む少女のものだ。
この世では、何らかの理由があって、わたしを経由して持ち主に送っているだけだと。

それでもどこかで、感謝されたがっていたのかもしれない。


最後の最後で、またまた自分というものを思い知らされたな・・・(^−^;


一度も会うことができなかったけれど
手を握ることも、抱きしめることもできなかったけれど
縁あって関係を結ぶことができたことに、ただただ「ありがとう」
たくさんのことを教えてくれて、本当に「ありがとう」

これからも、いろいろなことがあると思うけど、家族皆さん、元気でいてね。

*

次のチャイルドは、なんとまたバングラデシュの、同じ名前の少女だった。
今月からまた、彼女とのご縁が始まります。
 


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雨の月曜日


雨がしとしと、月曜日。

ここのところ、あの猛暑がウソのような涼しい日が続いております。

何も予定がない時ならば、雨降りもけっこう好き。
雨音が響く中、部屋でまったり過ごせるのって、しあわせ。

雲ひとつない晴れた日のことを、「いい天気」って、よく言うけど
その日の気分によって、雨の日の方が自分にとっては「いい天気」の時もある。


たとえば、心身共に疲れきっている時なんかは
焼けるような太陽とか、眩しいくらいの青空よりも
しとしと・・・ざざーっ・・っていう雨音や、雨のしずくが
身も心も潤してくれるような気がするし


*

  女性のストレス耐性は
  情緒的支援が十分でないと弱くなり
  自分を理解してくれる、会うと心が落ち着く
  信頼できる人がいると、強くなります

*


職場でよく配られるフリーペーパーに、そんな言葉が。

女性は特に、生理もあるし
ホルモンバランスの周期で、感情にも体調にも波があるから
気持ちを汲み取ってもらったり、ぬくもりを感じたりすることが
日々を乗り切る上で大きなパワーになるのかも。


だけど、どうやら男と女は違うようで・・・

日々感じたことや、悩んでいて聴いてもらいたいことを話していても
男性ってどこか上の空のような、空返事みたいなのをする時ってあるんだけど
よくよく突っ込んでみると、いちおう話は聴いてくれていたりするんだよね。
それはさておきって感じで、違う話に切り替えられちゃったりして・・・


自分が話したい時は喋りまくっているくせに

まったくもー!!

なんて思うときもある。


だったら、そんなに真剣に聴いてくれなくても
うんうん、と相槌を打ったり、そうだよね、大変だったね、なんて言ってくれれば
その時その時で落ち着いたり救われたりする、とも思うんだけど
何度も続けば 「実は全然聴いてくれてないじゃん、うわべだけじゃん」 って思って
かえって相手を信用できなくなっちゃいそうだし・・・

基本的に、男と女の違いなのかしら。

男側にも、いろいろ言い分あるだろうしね。


そんな中でも情緒的に支えてもらえたり
他愛もない話を聴いてもらったり
文句を言っても受け止めて(というか受け流して?)くれたり
必要な時にそばで支えてくれるのって大事。
それが実際、明日への力になっている。

やっぱりわたしも、女なのでした;;;

*

なんとなく気だるく始まった月曜日。
だけど、それに寄り添うような、静かなる雨の音色。


今日は、雨が気分を落ち着かせてくれる一日だった。
 

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812


気がつけば8月も12日まできています。


書きたいことも色々あるのに、書きかけの文章も保存したまま
内容がだんだん古くなってしまっています。


昨日は北島くんの金メダルをとったシーンを見たかったのに
帰宅したら、もうひたすら・・・眠くて・・眠く・て・・・

感動に酔いしれたいのにそのまま泥のように寝てもうたよ ( ̄○ ̄)


*

今朝、久しぶりにエンジェルカードを選んだ。

いくつか持っている中でも
いちばん小さくて、かわいくて、シンプルなもの。


今朝は、この言葉がやってきた。

812

あぁ・・・すごく思いあたる。

そうなんだよね。

他人の行動の中に、このメッセージを強く感じた。
しかも昨夜。

それは、自分に対してのメッセージだったのか。


すべては自分自身を映し出す鏡、なんだよね・・・


*


職場の昼休みに、そんなことを思うわたし。


今日のお弁当、適当に詰めてきたけど
なんだかおいしかったな。

満足、満足。


世の中、おいしいものっていっぱいあるのに
どうして手作りのお弁当ってのは不思議においしいんだろう。


はてはて ふふ~ん ♪
 

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カフェめし

カフェめし

豆腐ハンバーグも玄米も、とっても美味しかったし

食後の蜂蜜柚子酢も爽やかだったし

あー・・・満足、満足♪


心地いい空間で、心地いい音楽と、おいしいごはん。

贅沢だなぁ・・・

ほんとに、しあわせなことです。

*

今日はこれから里帰り中のお友達と、お子さんに会いに行ってきます。

わーい、こどもだ、こどもだぁー(゜▽ ゜)

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丸木スマ展

 
埼玉県立近代美術館で開催されている
「丸木スマ展 ~樹・花・生きものを謳う~」を観にいった。


丸木スマさんは、画家の丸木位里さんのお母さんでもあり
同じく画家の丸木俊さんの、義理のお母さんにあたる。

これまでに何度か観たことのある、位里さん俊さんの原爆の絵。

あの恐ろしく重いイメージが大きかったせいか
スマさんの絵を観る前、なんとなくどよんとした不安と緊張感があった。


ところが、会場に並んだ作品の数々は、まるで童画のように無垢で生き生きとしていて
伸びやかでユーモラスで、モチーフも生き生きと飛び跳ねているみたいだった。

たくさんの色を使って描かれているわりに、色調が落ち着いているせいか
ずっと観ていても疲れないし、むしろ独特な世界に引き込まれそうだった。

植物や動物たちのいのちの鼓動が、作品の向こうからびしびし伝わってきた。

「自画像」と題されたスマさんの、にへら~っとした笑い顔に噴き出してしまった。


童画のようなのに、すべてを計算し尽されたかのような構図やバランス感があって
美術を学んできた人には出せない味や、天賦の才能みたいなものまで感じられる。

もちろん本人のスマおばあちゃんは、そんなこと思っていなかったんだろうけど。


*

スマさんは幼少時代、ほんとにお転婆だったみたいで
寺子屋から逃げ出しては自由に野山を駆け回ったり
お尻を丸出しにして木に登っては人を笑わせたりしていたらしい。
そんな調子だから、読み書きもちゃんと習っていなかったとか。

それが、スマさんが70歳の時に、長男の嫁である丸木俊さんの勧めで
初めて絵筆を握り、思うままに描くことから思わぬ楽しさを発見したようで
晩年は 「絵を描き続けるために長生きしたい」 と話していたとか。

確かに、初期(といっても70歳!)のころの絵も魅力的だけど
歳を重ねるごとに、描き続けるごとに、どんどん絵が上達していくのが
素人のわたしでさえも見て取れる。
元々のスマさんの自由で伸びやかな作風に、さらに迫力が増し
洗練されていくのがわかる。


年表を見て初めて知ったんだけど
なんとスマさんは81歳の時に、近所の顔見知りに殺害されたそうだ。


それを知ってしまうと、なんだか複雑な気持ちになってしまったけど
それを超えてしまうほどの圧倒的な生命力を、数々の作品から受け取った。


晩年の大作に、「簪(かんざし)」という作品がある。

伸びやかに枝を伸ばした木々や青々とした葉、色とりどりの花
たくさんの鳥や虫や動物たちが集い、世界を謳い上げているような作品。

おそらく、この作品が最晩年のものに近かったんじゃないかな。

この作品に「簪(かんざし)」というタイトルをつけたのは
お嫁さんの丸木俊さんだったらしい。


  苦労して、働き通しだった母に、きらきら光る簪を贈りたい
  おばあちゃんの生涯を、きらきらした簪で飾ってあげたい
  この作品は、おばあちゃんの生涯の曼荼羅図だ


という思いを込めたんだって。

なんだかじんとくるな。

悲しい最期だったかもしれないけど、愛された人だったんだろうな。


自分の生涯の曼荼羅図かぁ・・・
どんな形であれ、誰でも自分の曼荼羅を残すために
生きているのかもしれないな。

*


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エンドレスサマー


毎日あたまの中で


 ♪ポ~ニョポ~ニョポニョ さかなの子♪


とかいう歌が、いつでもどこでも流れまくっております。


だからってわけじゃないんだけど


オイラのポニョポニョなおなかを、さすがになんとかせんとなぁ・・・


と思い、来月から数年振りにプールに行ってみようかと。
(泳ぎヘタクソだけど)


まっ、まさか

あのエンドレスな歌は、わたしへの警告だったのか?


( ̄□ ̄)
 


・・・まぁ、どちらにしても


 
明日から全国的に8月ざんす (_ _)

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思ったんだけど

  
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鎌倉 長谷寺のお線香は、なんだかかわいい。
 

 
 

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鎌倉その弐

 
2日目は予報通りの晴れだったので
江ノ電に乗って海でも見に行くことにした。

とりあえず7時に起きて朝ごはんを食べる。

昨日歩き疲れたせいか、準備もなんとなくだらだらしてしまい
そのうち電話が来たのでしゃべったりしているうちに、予定より遅い出発になってしまった。


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鎌倉高校前駅から見える海

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長谷寺の眺望散策路から見た海

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暑くて体力消耗したので、ベルグフェルドにてランチ


鎌倉の大仏様の近くまで来ていたんだけど
あまりにも暑くて足が向かず・・・
去年見たからいいか・・・と思い、少しでも帰る方向に向かおうと
由比ヶ浜方向にてくてく歩き出した。


江ノ電沿線を歩いていると、ウェットスーツでチャリに乗ってる人や
サーファーが普通にあるいていたりする。

日に焼けた男子も女子も、なんだかラフでカッコよく見えてしまう。


前日のハイキングウォーキングな感じとは違って、ぶらりお散歩気分。


天然酵母のパン屋さんや
すごく小さくて目立たないけど素敵な雑貨屋さんや
思わずパチリと撮りたくなる看板なんかに出逢えるのは、散歩ならでは。


暑い中、二日間かけてけっこう歩いたけど
それぞれの観光スポットも、わりと歩いて周れる範囲にあるから
遠足にはちょうどいいや。

すっかり鎌倉遠足、くせになっております。


今回は少しシーズンを外したせいか
どこに行ってもそんなに混雑しなくてよかったけど
やっぱり来年は紫陽花の季節に、混雑覚悟で訪れてみたくなった。


わたしにとっての、お気軽気分転換。


またふらっと行ってくるぜよ ( ̄ー ̄)b
 

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鎌倉その壱

  
だんだんと自分の中で定番化してきた鎌倉遠足。


紫陽花の時期も終わってしまったけれど
またふらりと一泊で行ってきた。


しかし・・・ここのところ疲れが溜まっているせいか
鎌倉に着いてもすぐには活動モードになれないどころか
ヘロヘロで目もうまく開かず、むしろマッサージでも行きたくなるあたす。

その割りに、せっかく来たからには色々周りたくなる貧乏性なあたす。


とりあえず土曜日は天気イマイチのようだったので
海側に行くのはやめて、北鎌倉からてくてく歩き出す。
駅前の円覚寺には立ち寄らずに、まずは東慶寺へ。

*

「縁切り寺」とか「駆け込み寺」とか言われているから
なんとなく物騒なイメージが付きまとっていたんだけど
こじんまりとしつつも、なんとなく優しげな印象を受けた。

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ちょうちょがお食事中


今の時期は桔梗や百合が咲いていたけれど
紫陽花や菖蒲の時期は、もっとしっとりとした趣がありそう。

*

東慶寺を後にしてから、近くの浄智寺へ。
絵画クラブの人たちがスケッチをしていた。
確かに、石段と鐘楼門のバランスが絵になる感じ。

門をくぐると、なんとなくおなじみの香りが・・・

「エンピツビャクシンだ!」

と思ってふと見ると、こんな看板が。

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そーだそーだ、この香り。
シダーウッドだわ。


思わぬところでアロマテラピー


宗教儀式に縁のある樹木だからね。

*
 
そこからどうしようかなー・・・と思って、なんとなくガイドブックを見ていたら
「浄智寺から源氏山を歩いて、ご利益巡り」 というページを見つけた。


布袋様、銭洗弁財天、お稲荷さんを巡りながら
大自然も楽しめるトレッキングコースだとか。

別にご利益巡りに興味がある方でもないと思うんだけど
ちょうど浄智寺にいたから、行ってみることにした。

途中、道に迷って現地の人に聞いてみたら


「えっ、ここから行くの? こんな暑い中、めんどくさいよ。
 観光なら建長寺方向に行ったほうが色々楽しいんじゃない?」


なんて言われた。
確かに体調万全でもないんだけど
まぁ・・・せっかくだし、銭洗弁財天にも行ってみたかったし。


で、言われた通りの道に言ってみたら、なんだかやけに激しい坂道が登場。

観光客らしき人も通っていない、住宅街だし。

ほんとにこの道で大丈夫なの?と思ってガイドブックを見てみたら
どうやらこの坂は「亀ヶ谷坂切通し」ということがわかった。
この坂の名の由来は、「亀も引き返すほど急な坂」 ってことらしい。


あれ?


ガイドブックで紹介されている「ご利益巡り」のルートから外れてる・・・


道を教えてくれたおじさんは、何故だかあえて遠回りの
しかも獣道っぽいルートを教えてくれた模様・・・
 


なぜだ。
 


まだまだ修行の足りないつるこを苦難の道に導いたんか?
  
 


ようわからん。


坂を下りると明らかに普通の住宅街。
蒸し暑いので、水を飲み飲み、よくわからないまま道なりに歩き続ける。


半信半疑のまま、けっこうな距離を歩いていくと、「銭洗弁財天」の看板が。

方向間違っていなかったのね・・・と思いながら進んでいくと
舗装のされていない急な坂道が、突如現れた。


ていうか、舗装どころか荒れているんですけど!!

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ゴツゴツした岩が飛び出ているし
道も濡れてぬかるんでいるし、泥の中からミミズが元気にお出迎え。
足元は滑るし、急な坂で油断できない。
ジーンズとスニーカーでよかった・・・
雨に降られたり、日が沈んだらアウトだよ・・・


この坂は「化粧坂切通し」という道だった。


切通しとは、源頼朝が鎌倉に幕府を開いた際に
山の険しい道を一部整備して交通の便をよくしたものらしい。
けれど敵の侵入を防ぐために、岩を置いたり足場を悪くしたり
ぐちゃぐちゃな状態にしたりと工夫がされていたらしい。

なるほど。 色々考えられていたんだなぁ。


そんな道を汗をかきながら登ると、平らな場所に木々や緑が。
確かに大自然満喫だよ。
鳥のさえずりに耳を傾けて、緑の香りを深く吸い込む。
こんなに木陰やそよ風が心地良いとは・・・久しぶりの感覚。

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平らな場所は源氏山公園というところだった。

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そこから歩いて「銭洗弁財天」に辿り着いた時はマジ嬉しかったっす。

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線香の煙で身を清め、蝋燭に火を灯し
ザルの中にお金を入れて、湧き水で洗うとお金が増えるとか。

わたしも小銭をいくつか入れて洗ったんだけど
小銭から札からビシャビシャになるまで洗いまくってる人もいて
そんな人間模様を見るのが楽しかった。


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その後立ち寄った「佐助稲荷神社」は、正直もうやっつけで
汗だくでよたよたと向かい、急な石段を登ってとりあえずお参りしたけど
疲れたのでとっとと後にした。 (お稲荷さんごめんなさい)

*

その後、今日のごほうび?に
抹茶白玉クリームあんみつを食べたんだけど
その店でお会計をしていたお客さんが

「ごめんなさい、銭洗弁財天でお金洗っちゃったから」

とか言って、しんなり濡れたお札で支払っていたのが笑えた。


暑い中、相当歩いて疲れたけど
歩いたからこその発見もいっぱいあった。

行く先々で 「ホーホケキョ」 と鶯の鳴き声がしたり、色んな蝶を見かけたり
素敵なお店を発見できたりしたし。


調べてみたら、銭洗弁財天には、もっと楽に行けるルートが色々あったんだけど
あえてめんどくさいルートで行ったことで、ふたつの切通しを歩けたし
銭洗弁財天に辿り着いた時のありがたみが違ったよ。


帰り道に偶然タイ古式マッサージとリフレクソロジーのお店を発見して
歩き疲れた足をほぐして極楽気分を味わえちゃったし。
鎌倉を訪れる時には、また立ち寄ろうっと。

*

元々の疲れプラス、思いがけずトレッキング風になっちゃったけど
カレーをバクバク食べて、ゆっくりお湯に浸かって、ぐっすり眠りましたとさ(_ _)
 

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過渡期


「西の魔女が死んだ」を観て、「ザ・マジックアワー」を観て
バーゲンで服買ったり靴買ったりメガネ買ったり
日本橋高島屋でやってる「篤姫展」が無料なのに充実していて驚いたり
アマゾンで思い立って本を何冊も買ったり
仕事で疲れてカラダが痛くて目は涙が止まらなくなったり
がんばってるのに報われない人の話を聞いて憤りを感じたり
昼休みに散歩して、見上げた青い空に緊張感が緩んだり
毎日の他愛もない会話で笑ったり
真夜中にお腹が痛くて何度もトイレに駆け込んだり
足の爪を切りそろえてペディキュアを塗ったら気分があがったりした。


表面的にはそんな一週間。


ただ、最近


朝目覚めると、言いようもない不安に襲われることがある。
今あることだけでも幸せだって、わかっているはずなのに。
人と比べることじゃないって、わかっているのに。

物事は常に変化している。
それは悪いことじゃなくて、自然の摂理だって。
だからこそ人は救われたりもするんだって。
わかっているのに。


日々を全力で生きてないから、余計なこと考えちゃうのかな。


どちらにしても

朝が来て、夜が来る。
今日食べるものもなく、身寄りもなく
いのちのともし火がいつ消えるともわからない人々を思えば
こうして穏やかに1日の終わりを迎えられることに
感謝せずにはいられない。


強くなれ、自分。


弱い自分も受け止めつつ、強く強く。


自分という配役を楽しんで
どんな自分も笑い飛ばせるくらいに、強くなりたい。


風に吹かれても折れない、雨に打たれても倒れない
強くてしなやかな竹のような人になりたい。


・・・でもそれって、女としては可愛くないのだろうか? 
 

そのへんは・・・わかんないや。


どちらにしても、今の状況を楽しめる自分でいこう。

まずは明日も朝が迎えられるであろうことに、感謝 (−人−)

 


 


 


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グリーンカレー

    
ここ最近、疲れと風邪を引きずっているせいか
鏡に映った自分のブサイク加減に軽く打ちのめされた。

そんなこんなで早く帰ろうかと思った矢先
ヤボ用にてまさかの深夜帰宅。
それでも深夜になろうが人と会ったり
何か目的があったりすることで
気がつけば疲れって感じなくなってる・・・

ある程度吹っ飛んだんだろうな。

じっとおとなしくしているだけが疲労回復じゃないんだよね。
わかっちゃいるけど。

ドキドキワクワクに突き動かされて動いたりすることとか
こころがうまく作動しないときには、無理せずそのまま放置したり
それでもあえて映画とか本とか人とか何でもいいから
ちょいとチカラを借りて泣いたり笑ったりして流れてみたり

わたしの場合

特に自分という存在を誰かに必要とされたりするときに至福を感じる。
幸い、それを日々体感できているというのは
やっぱりわたしはしあわせなのである。
こんなわがままなわたしを、まるごと必要としてくれるってのは
それだけでも、生まれてきてよかったわけである。


・・・にしても

やっぱり今朝は、いつもの5時40分に起きなくてもいいということで
カラダがまだまだ休みたいと言っていた。
タイミング良く(?)、明日のバイトが延期になったので
今日出かける予定を明日に延ばして、今日はまったりすることにした。

今日は暑い・・・夏だからね・・・

と思ったら、なんか辛いものが食べたくなって・・・
買い置きしていた無印のグリーンカレーがムショウに食べたくなった。

グリーンカレー@無印

同じく無印のマンゴーラッシー
カレーにはやっぱラッシーっしょ♪

「無印のグリーンカレーは美味しい」 って聞いていたけど
確かになかなかウマかった。
具もゴロゴロ入っているし
辛いけど、そんなにクセがなくて食べやすいし。
これはレトルトだけど、スパイス入りのキットも買ってあるから
今度はこちらを使って具だくさんカレー作ろう。(こちらは結構辛いらしい)


辛くてウマいもの食べたら元気でてきた。
近所の映画館で「ザ・マジックアワー」観てこよう。
チャリで気楽に・・・そんな土曜の午後であった。
 


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目の前のこと


週始めの、月曜日。

月末なので朝から集中して業務をこなし
とりあえず1時間程の残業をして切り上げた。

月曜だから、おとなしく帰って早めに休もう・・・

なんて思っていたら、帰りの電車内、うとうとしていたところに
ものすごい大きな物体がドサッと倒れこむ感覚と
「きゃあっっ!!」 という叫び声が聞こえた。


「車内で急病人が発生しました。
  只今救助しておりますので、しばらく停車します。」


このアナウンス、通勤電車内でよく聞いていたけど
ここまで目の前で発生したのは初めてだったので、驚いた。

ひきつけを起こして、泡を吹いて倒れる女性に
どうしていいかわからず騒然とする車内の人たち
「非常停止ボタン押してください!」
「どこにあるの???」
色んな声が飛び交う。
患者を動かしていいのか悪いのかもわからないし
わたしもどうしていいかわからず立ち尽くしてしまう。


そんな中、絶妙なタイミングでドクターらしき人が現れた。


見事な手順で倒れた女性を介抱し
倒れた女性にも、周りの人々にも明るく大きい声で励まし続けた。
周りをリードしながら、てきぱきと指示を出し
女性の着衣を緩めるときも、「見ないであげてねー」と心配りをしていた。

やがて女性の意識が戻り始め、次の駅では担架を持った駅員が待機していた。

周りの人々はドクターらしきその男性に頭を下げたり、お礼を言ったりしても
「いやいや、お互い様ですよ!」と、実に嫌味なく爽やか。

大事には至らないようで、ドクターは何事もなかったように・・・
というより、むしろ目立たないように、ひっそりとした感じで再び本を読み始めた。


ドクターであれば、こういった緊急事態は慣れているのだろうけど
実に冷静で、実に見事。

何より患者さんを励まし安心させたり
場の緊迫感をぱぁっと明るく安堵に導く彼の人間性に感動した。


自分の身内を死の淵から救ってくれたドクターを思い出した。
彼も技術はさることながら、ちっとも偉ぶらない、素晴らしいドクターだった。
目の前の命を救う。
あたりまえのことをしただけ。 というスタンス。


心得がないにしても、こういう時に、自分って無力だな・・・と思ってしまう。

なんとも情けない。


医療にかかわることは自分には難しいことだけど
日々の何気ない場面でも、自分にできることはしていこう。

きっと、日々のあたりまえのことを淡々とこなしていく力が
いつしか自分の中で大きな力となって蓄えられて
窮を要する場面で、爆発的な力となるのかもしれない。


こつこつこつ。
 


・・・でも、きっと


ほんとはそんな風に意識するものじゃないんだろうな。
 


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